転換期2


15〜18巻





全盛期を過ぎたクレヨンしんちゃんは、しばらくの間大きな変化を幾度も見せることになります。そして、その大きな変化の代表的なものに、1話につき3ページから4ページになったこと、そしてひまわりの誕生が挙げられます。

1話につき4ページになったというのは、つまり作品自体が濃密化しているものだと解釈ができます。この背景には、登場人物やその人間関係の多様化があります。この頃に新しく登場した人物を挙げると、よしいうすと、みさえの両親(小山よし治とひさえ)、ミッチーとヨシリンなどです。

まず、よしいうすとですが、これはいうまでもなく原作者をパロディ化したキャラクターです。このようなキャラクターが登場することは、原作者がそれまで作品の中で見せてきた一種の遊び心の延長であると言えるでしょう。

作品自体は変化しつつも、その一方で作品に対する余裕も表れているのですが、原作者自身をパロディー化してしまう事は、そのような遊び心が極致にまで達したとも言えます。

また、18巻に登場する金曜ドラマ「ふぞろいの蛇苺たち」のスタッフやキャストの名前の、そのほとんどがクレヨンしんちゃんのスタッフやキャストの名前が元になっており、(藤原けいじ、ならはしあき子、矢島ミキ、太田AD、堀内カントク、茂木プロデューサー、原社長等)、これもまた、その遊び心の極致を表すもう一つの事例だと言えます。

みさえの両親ですが、なぜここでみさえの両親が初登場を果たしたのか。もちろんひまわり誕生がその理由ですが、この初登場の背景には一種の「対比」を狙ったものが存在すると考えられます。そして、その「対比」の対象となっている人物は、よし治と銀の介であり、ひさえはあくまでもよし治の「ついで」で登場したものと言えます。

さて、よし治の性格は典型的な九州男児のかたぶつ、つまり頑固オヤジであり、銀の介とは全く対照的です。この二人を「共演」させると、その性格の違いから、いさかいが絶えないわけですが、この二人の性格を「対比」させることで、作品に多様化をもたらそうという意思が見られます。

そして、最後には和解に至るという展開になっていますが、紆余曲折を経て、この性格の全く異なる二人の和解から、この頃のクレヨンしんちゃんは登場人物の内面を多様化させていることが分かります。

また、この頃のクレヨンしんちゃんはどぎついギャグからホロリとさせるような話が増加傾向にある事が、この最後に和解したということからでも読み取ることができます。

さて、ミッチーとヨシリンという名前の恋人は、それ以前にも複数回登場していますが、単行本の18巻に至り、(鳩ヶ谷という名字の)特定のカップルを指すようになります。これは、クレヨンしんちゃんの中で、それまで曖昧だった設定が確定化された現象なのか、あるいはそれまで複数とされてきたキャラクターを特定のそれににする「転換」的現象なのか、そのどちらかだと言えるでしょう。

また、新しく登場した人物ばかりだけでなく、それまでの登場人物にしても、恋人の石坂純一にプロポーズするよしなが先生が描かれていたり(後に二人は結婚する)と、大きな変化を加えようとする意欲が見られます。また、これはクレヨンしんちゃんがストーリー漫画めいた傾向の表れだとも言えます。

さて、このような作品の変化は、非日常を扱った番外編の中にも見られます。15巻からぶりぶりざえもんが初登場し、つまりぶりぶりざえもんを取り扱った作品(「ぶりぶりざえもんの冒険」)がスタートします。これまでは絵本のキャラクターでしかなかったぶりぶりざえもんが人格を持って登場するのですから、非日常の話にも「転換」的現象が起きたのです。

これ以外にも、「野原刑事の事件簿」など日常の設定に少し手を加えた程度の話が登場したり、これまで非日常の話は6ページが「慣例」であったのに、10ページものが登場したり(殺人事件発生!?野原刑事の事件簿(大統領あん殺事件))と、数々の変化が見られます。

また、もともと非日常を取り扱った作品は、従来の日常の話と同様、一つ一つが独立した読みきり作品読みきり作品であったのですが、この頃の日常の話と同様、「野原刑事の事件簿」のようにストーリー漫画めいた傾向が表れるようになってきています。

つまり、日常、非日常問わず、クレヨンしんちゃんという作品は根底からの変化が促されてきているのです。そして、その変化の最もたる出来事がひまわりの誕生なのです。

みさえがひまわりを妊娠し、出産してからしばらくの間の野原家の話は、ひまわりを軸にしたものが大部分で、ひまわりを中心に動いていると言えます。もちろん幼稚園など野原家以外の話はしんちゃんを中心に動いていますから、この時期のクレヨンしんちゃんは、実質上主人公が二人両立したと言えます。

また、しんちゃんはひまわりの面倒を見たいとごねたり(泣き出してしまうこともある)、みさえとひろしが自分にかまってくれず、ひまわりばかりの面倒を見ていることにすねたり、ひまわりに振り回されたりと、ななこへの恋の時以上に、しんちゃんの人間的な弱さが露骨に表れています(この頃から、しんちゃんが真正面から泣くシーンが描かれ始める)。

その一方、「ひまわりのお兄ちゃん」としての成長も見られるわけですが、人間的な弱さをあらわにするしんちゃんは、もはや「嵐を呼ぶ園児」にふさわしい存在と言えなくなってしまうほどです。

つまり、ひまわりの登場によって、しんちゃんは初めて、主人公としての地位に揺さぶりをかけられることとなったのです。

そして、人間的な弱さに関してはある程度歯止めがかけられるようになったものの、主人公としてのしんちゃんにとって、ひまわりが大きな脅威であるのはその後も変わりません(親子仲よく楽しいバトル 野原家の幸せな一日編のその3や、後のひまわりを主人公にした2ページの作品の多くに、しんちゃんは登場せず)。

そして、クレヨンしんちゃんがこのように大きな変化を迎えたことは、その変化の過程で4人家族となった野原一家、お兄ちゃんとなったしんちゃんをどう動かしていくのか、その模索の始まりとも言えます。

ただし、その模索の始まりというのは、クレヨンしんちゃんは更なる変化を遂げていくことも意味するのです。



原作編  トップページ