多様化と継続2


26〜28巻





どのような作品であれ、大抵の場合、継続していく以上は多様化が避けられないものであり、クレヨンしんちゃんもまた、決して例外ではありません。単行本の26〜28巻辺りもまた、その傾向が顕著であり、具体的に言えば、それはクレしんが再びストーリー漫画めいた傾向が再び見られ、日常の話に非日常の要素が多分に取り入れられるようになった事です。

特に、日常の話におけるストーリー漫画めいた傾向は、非日常の要素が取り入れられる一因にもなっています。話を複数に分けて展開するためには、派手なテーマを掲げたほうがやりやすいからだということは容易に想像できます。

この頃のストーリー漫画めいた傾向、また多様化の表れとして第一に挙げられるのはよしなが先生の結婚があります。つまり、よしながみどりと石坂純一がそれまでの恋人という「地位」を遂に捨て、夫婦に「昇格」するのです。

かつてはおケイ(本田ケイ子)が結婚したという例がありますが(ただし、結婚話は原作には無い)、彼女よりもはるかに重要なキャラクターが結婚、つまり設定に大きな変更が加わる事は、クレしんという作品の多様化を一役買う現象であると言えます。

そして、式場選びをはじめ、結婚式の準備など、話は複数にまたがり、式を挙げる話に至っては(通常1話4ページであるのが)8ページであり、2話分が1話として収録されています。同様のケースは7巻にも見られますが、7巻の時とは違い、この時(単行本で言えば26巻)のこの「現象」は、日常の話における非日常化の表れとも見てとれ、内容にしても幼稚園で結婚式を挙げるという、いささか非日常的な側面があります。

そして、結婚の後、新婚旅行に行くのですが、そこで野原一家と偶然会ってしまうという話が、27巻に収録されていますが、これも(全部で6話にまたがっていることから)ストーリー漫画めいた傾向にあります。

そして、その旅行先がオーストラリアであり、エアーズロックなど、特定の観光名所も登場しています。今までのクレしんに登場した日本以外の国では、グアムやハワイなどのリゾート地が主で、韓国旅行にしても、観光名所は特に登場していません。つまり、日本以外の国で特定の観光名所が登場したのはこれが初めてであり、これもまた多様化の表れと見てとれます。

そして、多様化に伴う日常の話の非日常化も起こっており、この頃のその最もたるのは、しんちゃんが記憶喪失になってしまう一連の話です。この話の中で登場する医者が、(しんちゃんが記憶喪失になったのを聞いて)「マンガでよくある話だね」と口にした通り、、クレしんは漫画でよくあるような(現実の世界ではあまりありえない)非現実めいた話を、日常の話の中にも取り入れるようになり(その記憶の戻り方もやや非現実的)、これもまた、クレしんが多様化していっている事を示す事項の一つであります。

多様化と言えば、話だけでなく、キャラクターの性格や人柄にも表れています。その例として大原ななこが挙げられます。そもそも野原一家がオーストラリアに行けたのは、しんちゃんが市民マラソン大会に優勝したからであり、優勝できたのは、しんちゃんが毎朝ジョギングをしていたからです。

そして、ジョギングを始めたきっかけは、ななこがジョギングをやると言ったことからなのですが、しんちゃんはジョギング中にななこと会うことはありませんでした。それもそのはず、彼女はジョギングをさぼっていたからであり(「ジョギングは春になったらやろーっと」と言っている)、これは、ななこのマイナスな面が初めて判明した場面です。

後に(単行本の40巻で)あいちゃん(酢乙女あい)はななこのことを「完璧な方」と評していますが、実は決して完璧ではないことが、ここで既に明らかになっているのです。

他に、ななこに関して言えば、しんちゃんがななこと海水浴に行く話の中では、ななこはしんちゃんのことを一貫して「しんのすけ」と呼んでいるところからにも、キャラクターの多様化の傾向が見てとれます(もっとも、これは原作者の気まぐれかもしれないが。その後は何事も無かったかのように、再び「しんちゃん」に戻っている)。

また、多様化という点では、登場して間もないあいちゃんも同様であり、この頃になると、ひまわりの様にしんちゃんを振り回すようになります。

そして、それはしんちゃんだけでなく、SPの黒磯をも翻弄し(家の物を壊した事をバラすと脅迫する)、黒磯はSPとしての権威を失っていくことになります。これもまた、多様化の表れと見られますが、その一方で、こういった多様化に歯止めをかけようとする動きも、キャラクターの中で見られます。そして、それはネネちゃんが該当すると言えます。

単行本の28巻に、しんちゃんが桜田家にあがりこむ話が2つ収録されており、1つは(あいちゃんと一緒に)いちご大福を、もう1つはババロアを食べてしまうのですが、前者におけるネネちゃんは、ネネママと一緒に「こいつら2コずつ食いやがった!!」と思い、ウサギのぬいぐるみを(これまたネネママと一緒に)叩くことになります。

ちなみに、この時のネネちゃんの心情は、21巻の「こ、こいつのがウチのトイレに」を思い起こさせもしますが、28巻の方でこのような心情を抱くのは、(ネネちゃんが普段ライバル視している)あいちゃんの存在も大きいと考えられます。

さて、後者では、ネネママが「ばばあが作るババロア」と叫んでウサギのぬいぐるみを叩き、この時のネネちゃんは、「いつものママじゃなーい」と泣きわめいているだけです。

この時のネネちゃんは、あいちゃんと同様に、しんちゃんを振り回すようになったと同時に、多様化に歯止めをかける(つまりそれは初期の頃への回帰に向かう)、このような側面を見せるようになってもいると言えるのです。

ところで、この頃のクレしんに見られる回帰というのは、キャラクターのみならず、性描写にも見られます。初期の頃は、やや露骨な性描写が見られましたが、時を追うごとに、(子供向けを意識してか)それは薄れていきました。しかし、(16巻から)みさえの胸を乳首までたびたび描写するようになった(27巻のオーストラリア旅行の中にも描写あり)のをはじめ、28巻の、しんちゃんの「父ちゃんのちんちんはときどきにぎるのにね」という台詞や、27巻の「夜は何回・・・」という質問、「超うすうす」という名のコンドーム(1巻でしんちゃんがガムと間違えて口に入れた「うすうす」を思い起こさせる)など、随所に見られます。

こういった、初期の頃への回帰を思わせるような性描写は、子供向けをあまり意識しなくなっていた可能性が考えられます。

そして、日常の話の中で見られる多様化、回帰などの傾向は、非日常の話の中にも、日常の話と連動するかの如く表れています。

多様化という点で言えば、日常の設定に少し手を加えた程度というものもあれば、日常での話の設定はほとんど捨てられているというものもあり、それまではそのどちらかに偏っていた感がありましたが、この頃になると、その偏りはおさまっていると言えます。

そして、非日常の話におけるジャンルは、ヌパン4世や北与野博士、家族連れ狼など、多岐に渡るようになり、もはや非日常の話なしではクレしんは成り立たない程です。また、28巻のヌパン4世の話では、1コマに1ページの半分の分量を使用しており、これは今までのクレしんでは考えられなかったコマの使い方です。

日常の話は(15巻以降)4ページなのに対し、非日常の話はそれより多くなるため(前述したヌパン4世の話は9ページ)、そのような大胆なコマの使い方も可能になると言えます。そして、これもまた多様化の表れの一つであります。

その一方、非日常の話にも、初期の頃への回帰が見られます。例えば、27巻の家族連れ狼には、魔牛乳苦斎という敵が登場しますが、これは原作の「雲黒斎」に対する回帰の表れ、あるいはこの作品自体が「雲黒斎」の一種のパロディであるとも考えられます。

また、同じ27巻には、刑事のしんちゃんがティンという女刑事にグローブでめちゃくちゃに殴られ、しんちゃんの顔がぐしゃぐしゃになるシーンがあります。しんちゃんがここまで殴られるのは、2巻(の「幼稚園は楽しい楽しいパラダイス編」の第1話)以来ですが、このようなしんちゃんの「凄惨」な描写がなされるのは、前述した性描写と同様、子供向けをあまり意識しなくなった結果と見ることが出来ます。

また、この話は警察の不祥事をテーマとしており、当時の現実世界で問題になっていたネタ、つまり時事性も入り始めているのです。さらに、この話にはいかりやという刑事が登場しますが、これは、言うまでもなく実在の人物(いかりや長介)がモデルであり、後に登場する(モデルが同じ)にがりや京助を思い起こさせもします。

この頃のクレしんは、日常、非日常のジャンルを問わず、多様化、または回帰など、様々な変化を見せてきました。しかし、日常の話では、クレしん史上稀に見る、大きな変化がこの後に訪れることになります。

それが、またずれ荘への引越しなのであります。



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