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スカシペスタンってどんな国?


※当ページを読まれる際は、「小島剛一氏のご指摘(当サイトの誤謬について)」に
必ず目を通してください。当ページの誤りなどについてです。

INHALTSVERZEICHNIS

はじめに

民族

宗教

人種

歴史

言語関係

おわりに

参考文献

小島剛一氏のご指摘(当サイトの誤謬について)






はじめに

「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 黄金のスパイ大作戦」の主な舞台の一つはスカシペスタン共和国という国で、同作品の登場人物であるレモンはこの国のスパイという設定です。もちろん、架空の国であって実在しません。

しかし、私はこの作品を鑑賞していた時、このスカシペスタンという国は実在の民族や宗教をモチーフにしているのではないかと考えていました。もっとも、制作スタッフの方々がそれを意識していたどうかは分かりませんし、おそらくそこまで考えていなかっただろうと思いますが、私には非常に興味深い事でしたので、色々と調べて考察してみました。そして、スカシペスタンがどういう国なのかについて、一つの結論に達しました。

結論から書いてしまいますと、スカシペスタン共和国は、イラン北西部(いわゆるクルディスタンと呼ばれる地域の一部)に位置します。具体的には、イラン北西部のタブリーズの辺りのアゼルバイジャンやトルコと国境を接している地域です。国民はインド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派のペルシア民族、つまりコーカソイドでイラン人を同じ民族で、そこにアルタイ語族のテュルク系の民族(モンゴロイド)もいくらか混在しており、宗教も大多数のイラン人と同じイスラム教のシーア派、ただし世俗化がある程度進んでいる国と思われます。

なぜそのような結論に至ったのか、以下に書いていきます。ただし、本ページの考察は管理人が十分な知識を持っていないことから、色々とおかしな点や明確な誤謬も多く含まれているでしょうが、その辺りは大目に見ていただければと思います。あくまでも、架空の国の考察なのですから。



民族

スカシペスタン共和国はヘーデルナ王国と国境を接する国で、劇中ではヘーデルナ王国の位置が大体分かる描写が存在します。しんちゃんはレモンとヘーデルナ王国へ飛行機からパラシュートで飛び降りる少し前に、(ニセの)アクション仮面からヘーデルナ王国のヘガデル博士からカプセルを奪い返してほしいという任務の指示を受ける映像を観賞しますが、その際に地球が回ってヘーデルナ王国の位置が特定されるシーンが出てきます。

地球が回転するシーンが速くて分かりにくいですが、そのシーンをよく見るとヘーデルナ王国はユーラシア大陸の中央あたりに位置している事が分かります。従って、中央アジアもしくは中近東のあたりにヘーデルナ王国があり、当然ながらその隣国のスカシペスタン共和国もそのあたりの位置にあると推測できます。ここから、イランの付近に存在する国であってもおかしくないわけです。これは、劇中の描写から確認できる、いわば視覚的な根拠となります。

また、私がスカシペスタン共和国の国民がペルシア人でイスラム教のシーア派を信奉していると主張するのは、ヘガデル博士の「スカシペスタンは嘘つきだらけの国や」という台詞に根拠があります。また、レモンは「嘘をつくのって普通のことだと思っていた」という同じような発言をしています。もっとも、レモンの場合はスパイとして育てられてきたため、その特殊な環境も考慮に入れる必要があるでしょうが。

これら台詞はイラン人の特異な民族性を反映したものではないかと思います。ということは、イラン人は嘘つきだらけということになってしまいますね。まあ、嘘つきだらけとまでいかなくても、どうもイラン人は一般的に嘘をつくことに対する罪悪感がかなり稀薄であるとされているようです。

毎日新聞社の特派員としてイランに滞在した経験のある春日孝之は、イラン人の民族性について以下のような指摘をしています。


一般にイラン人は、あまり事実にこだわらないだけでなく、たわいもないことまで、よく嘘をつく。嘘がばれても正当化する。嘘をつくことへの罪悪感は希薄で、もっと言えば、嘘をついていること自体をあまり意識していないのではないか、と感じることすらある。(春日, 2010, p.158-p.159)


欧米人は嘘に対しては非常に厳しく、また日本人も欧米人ほどではないものの、やはり嘘に対するイメージはあまり良好なものではないでしょう。しかし、どうやらイランでは嘘をつくことは、善とは言わないまでも、あまり悪とはみなされないようです(私自身はイランに行ったこともなければ、イラン人の知り合いもいないので、実体験で述べることはできませんが)。

このように平然と嘘をつくイラン人の国民性について、春日はイラン人の大多数はイスラム教では少数のシーア派を信奉しており、歴史的に多数を占めるスンニ派から迫害を受けることが多く、迫害の危険にさらされたら信仰を隠しても良いという考えが広まり(この信仰秘匿を「タキーヤ」と言うそうです)、このような歴史的な背景も多少は影響しているのではと述べています。



宗教

ここで「スパイ大作戦」に話を戻すと、私はスカシペスタン共和国の国民の大多数は、多くのイラン人と同じイスラム教のシーア派を信仰しているのではないかと思います。前述したように、シーア派はスンニ派と比べると信者の数は少数で、イスラム教徒の全人口のうち、10〜15%を占めると言われています。そして、イスラム教徒が多数を占める国の中で、イランがシーア派の信者を最も多く抱えており、その周辺のイラク、アゼルバイジャンなどにも多くのシーア派の信者がいます。そして、イラン北西部に位置すると思われるスカシペスタン共和国もまた、シーア派が多数を占める国ではないかと思います。

そのシーア派には12イマーム派やザイド派やイスマーイール派など様々な宗派に分かれますが、スカシペスタン共和国のシーア派はこれらとは別の独自の宗派であると考えられます。シーア派の中で最大の宗派が12イマーム派で、スカシペスタン共和国の国民は後述するようにイラン人とは別のシーア派の宗派であるものの、イラン人と同じペルシア民族であることから、多くは12イマーム派の流れを組んではいると考えられます。つまり、スカシペスタン人もまた、イスラム教のシーア派であるのは確かだと言えるわけです。

というのは、スカシペスタン共和国の支配者ナーラオとヨースルは、過去にオナラで恥をかいたことで社会に逆恨みをして、オナラで世界中を臭くしてやろうと言う、恐ろしくおバカな計画を立てるわけですが、なんとまあ現実離れしているというか、やろうとしていることはどことなくフィクションの感じのする計画です(確かにフィクションではありますが)。

一方で、その計画に実行にはしんちゃんと合鍵として見つけ出し、合鍵として行動させるようにアクション仮面を使って、ヘーデルナ王国の妨害も簡単に潜り抜け、鮮やかにメガヘガデルUを奪ってしまいます。そのやり方は実に見事で、極めて綿密でかつ論理的な計画に基づいていると言えます。このようなコインの裏表のような二面性こそに、シーア派の12イマーム派を信奉するペルシア人の民族性が現れているような気がしてならないです。

ここで、12イマーム派というのをちょっと説明しておきますと、イスラム教の開祖ムハンマドは後継者を指名しないで亡くなってしまい、誰がムハンマドの跡を継いでイスラム教徒を引っ張っていくのかで揉めることとなりました。

そこで、話し合いでそれに相応しいと思われる人物を選んでいこうとなり、その後継者としてアブー・バクルなる人物が選ばれました。これを支持する大多数の信者が、イスラム教でも多数を占めるスンニ派を形成していきます。

しかし、これに反対する人たちもおり、彼らはムハンマドのいとこでかつ彼の娘であるファーティマの夫でもあるアリーとその子孫が指導者であるべきだという主張をしました。アリーとその子孫をイマーム(先導者)とみなすのがシーア派の特徴ですが、途中でアリーの子孫で誰が正当なイマームであるべきかでまた意見が分かれ、そこから前述したザイド派やイスマーイール派などに分離することとなります。

12イマーム派の信奉するアリーの子孫たちは代々イマームの座を継いでいきますが、9世紀後半に第12代目のイマームが忽然と姿を消して行方不明となってしまった事件が起こります。信者たちはこれをお隠れになられたと考えたわけです。そして、12イマーム派の信者はこの世の終わりに再び姿を現すと考えるわけです。

シーア派の人々の考えはこのようにスンニ派と比べると幻想的な考えを持つ傾向にあるようです。ナーラオとヨースルのオナラで世界を臭くしてやろうというのは、少なくとも現代においてそのような野望を抱く国家元首がいるでしょうか。こういうところを見ても、二人はかなり幻想的な感覚を持っており、その一方でその幻想的な野望を達成させるためには、かなり緻密な計画を立てて、メガヘガデルUを奪いとろうとするわけです。

そして、このような二面性こそがイラン人、即ちペルシア民族に通じるところがあるのではと思えるわけです。イスラム教の研究者でもあった井筒俊彦は、シーア派を信奉するイラン人の特異な民族性について以下のように語っています。


思考においては徹底的に論理的、存在感覚においては極度に幻想的、この二つを一つに合せたものが、やや大ざっぱな言い方になりますけれど、一般にイラン的人間の類型学的性格です。彼らが聖と俗を、存在の内面性と外面性、光の領域と闇の領域として表象し、その対立を両者の闘争としてドラマティックに構造化しながら、そこにイマーム論という一種独特の人間学をつくり出していったのも、この点できわめて特徴的なことであるといわなければなりません。(井筒, 1991, p.201)


やや強引な解釈になってしまうかもしれませんが、ナーラオとヨースルの野望と、その野望を実現させるための行動は、それぞれが存在感覚において極度に幻想的であり、思考においては徹底的に論理的という井筒の主張する内容に当てはまると思います。

一方で、イスラム教徒はいってもある程度の世俗化が進んでいるとも考えられます。ナーラオとヨースルは、イスラム教では本来禁止されているはずの飲酒もしており、またメモリー横丁の飲み屋で知り合ったという二人の会話から、スカシペスタン共和国では飲酒はある程度認められているようです。

また、ナーラオとヨースル、またスカシペスタン共和国の女性の兵隊は胸の谷間を見せていますが、イスラムの聖典「コーラン」(アラビア語の発音では「クルアーン」)にある性的に魅力のある部分は隠すようにという規定に反するとも取れる服装です。こういうところからも、この国のイスラム教は世俗化が進んでいるように見えます。ただ、イスラム教が入ってくる前からスカシペスタン共和国の地に存在していたと思われる、土着の信仰や文化が基となった服装なのかもしれません。これは、お尻の形をした帽子にも言えることです。レモンによれば、お尻の形をした帽子が同国の正装とのことです。

ここから、スカシペスタン共和国にはイスラム教が流入する以前、おそらく何らかの土着信仰が存在し、その土着信仰がイスラム教のシーア派と混在するようになり、イランのシーア派の中の大多数を占める12イマーム派の流れを組みつつも別の宗派を形成したのではないかと思われるわけです。

このように、土着の信仰がイスラム教徒合わさったと思われる宗派は実際に存在し、トルコの東部にはイスラム教のアレウィー派という宗派が存在し、小島剛一は著書(「トルコのもう一つの顔」(中公新書)、「漂流するトルコ」(旅行人))の中でアレウィー教と書いており、これはイスラム教との相違点が非常に多く、アレウィー教徒をイスラム教徒とみなすのには無理があるからとのことです。ただし、スカシペスタン共和国の宗教はシーア派(12イマーム派)の特徴もよく見られることから、アレウィー教よりもイスラム教との共通点は多いと言えるでしょう。



人種

以上、民族や宗教の観点から論じてきましたが、次に人種という視点から論じてみます。

レモンの髪の毛は茶色で目の色は緑色ですが、ラストシーンではどういうわけか金髪に碧眼となっており、彼女の母親のライムと同じです。ここから、レモンはスパイとして本来の髪の毛と目の色を隠すために、髪の毛を染めてカラーコンタクトを入れていたかもしれません。そして、劇中のラストでヘーデルナ王国に亡命した際、元の髪の毛と目の色に戻ったと考えられます。さらに、レモンがしんちゃんと握手するシーンを見ると、レモンの肌はしんちゃんと比べるとかなり色白であることも分かります。

金髪に碧眼、そして白い肌というのはペルシア民族の一部の人々に見られます。あくまでも一部ではありますが、前述したようにイランのペルシア民族は元々ドイツ人などゲルマン民族と共通の祖先を持っています。そして、ヨーロッパ人に金髪に碧眼で白い肌を持つ人が多くいるように、ペルシア民族にもそのような人が見られることがあります。

余談ですが、中東以外の国ではイラン人はアラブ人と混同される傾向にあるようですが、実際にはイラン人(ペルシア人)とアラブ人は元々全く異なる民族です。イラン人はインド・ヨーロッパ語族の民族であり、イギリス人やドイツ人、またパキスタン人やインドのヒンディー語やベンガル語などを話す民族と共通の祖先を持つとされています。一方で、アラブ人はアフロ・アジア語族のセム系に属する民族で、ユダヤ人らと共通の祖先を持つと言われています。

そのため、イラン人は自分たちがヨーロッパ人と同じ白人であるいう意識が非常に強いとされています。ただし、スカシペスタン共和国があると思われるイラン北西部には、アルメニアやアゼルバイジャン、そしてトルコとも国境を接する地域です。当然ながら長い歴史の中で様々な民族が共生し、異民族間で混血が繰り返されてきたことも想像に難くありません。小島剛一の著書「トルコのもう一つの顔」(中公新書)によると、この辺りの地域には、黒髪で色黒の人間もいれば、金髪で色白の人間もいて、様々な人種や民族が混在しているとのことです。

そのため、スカシペスタン共和国の国民は、多くがインド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派に属する国民であるものの、例えば中央アジアのカザフスタンなどのテュルク系の民族も多く存在し、肌や髪の毛の色なども多彩である思われます。劇中での例を挙げると、ナーラオは色白でヨーロッパの白人に近いですが、ヨースルはやや色黒です。インド・イラン語派での実在の人物を挙げれば、例えばイランのアフマディネジャド大統領もまた色黒だったりします。

レモンの母親のライムは金髪で碧眼のペルシア民族(コーカソイド)でしょうが、父親のプラムはもしかしたらアルタイ語族のテュルク系で日本人や中国人などに似た容姿のモンゴロイドに属する民族と思われます。そして、(実は)金髪で碧眼だったレモンは母親似ということになります。なお、誤解の無いように書いておきますと、日本人はアルタイ語族に属するという説はあるもののはっきりした事は分かっておらず、また中国人はシナ・チベット語族に属する別の民族です。ただし、後述するカザフスタン人のようなアルタイ語族に属する人たちもまた、日本人や中国人などと非常によく似た容姿であることもまた事実です。



歴史

スカシペスタン共和国はどのような歴史を歩んできたのか、そしていつ独立国家が成立したのか。歴史的な流れを見ていきたいと思います。

スカシペスタン共和国の地は、長い間イランもしくはイラン人の支配下にあったと思います。ただし、住民の大多数もイラン人と同じペルシア民族ですから、当然と言えそうですが、7世紀にイランの王朝のササン朝がアラブ人の侵入で崩壊し、イスラム教が初めてイランに入ってきます。多くのイラン人は、それまで信仰していたゾロアスター教からイスラム教に改宗し、スカシペスタンの地の人々もイスラム教徒となりますが、前述したように(おそらくゾロアスター教とも異なる)古くから存在していた土着の信仰や文化も残り、イスラム教のシーア派の中に取り入れられていくこととなります。

時は流れ、イランのカージャール朝の領土と組み込まれることとなりますが、カージャール朝時代、18世紀の終わり頃から19世紀にかけて、イランは主にロシアとイギリスからの侵略に悩まされるようになり、特にロシアからは領土を何度も割譲されるという事態を招いています。

特に知られているのが、1813年に成立したゴレスターン条約と1828年のトルコマンチャーイ条約で、ゴレスターン条約ではグルジアやカフカスの地域をロシアに奪われ、またトルコマンチャーイ条約では他のカフカスの地域、現在のアルメニアやアゼルバイジャンなどの領地が奪われています。

スカシペスタン共和国の地は、もしかしたら19世紀にトルコマンチャーイ条約によってイランから切り離されて、ロシア帝国の領土に編入されたのではないかと思います。つまり、元々は同じイラン人だったのが、ロシアに併合されて、さらにその後の革命でソ連領として社会主義国としての歴史を歩んだのではないかと思います。そして、この社会主義時代にイスラム教も世俗化されたかもしれません。

ちなみに、管理人はイギリスに留学した経験がありますが、カザフスタンからの留学生と同じ寮で暮らした経験があります。2人の女性でしたが、私と初めて会った時、自分たちはイスラム教徒で豚肉が禁止されているから、豚肉を持ち込まないでほしい、豚肉を使った食器類も使えないからと言ってきたことがあります。

しかし、彼女たちはイスラム教徒なのに、室内ではタンクトップを着ていました。また、外でも普通の日本人やイギリス人とさして変わらない格好をしていました。ちなみに、カザフスタン人である彼女たちはアルタイ語族に属する民族なので、前述したように外見だけでは日本人や中国人などと区別がつきません。

一方で、サウジアラビア人女性やアルジェリア人女性の留学生は、ヒジャブというスカーフをかぶっており、髪の毛を露出させないようにしていました。他にも、ベールをかぶって目以外は全て隠しているという人もいました。

一口にイスラム教徒と言っても10億人以上の信徒を抱えているわけで、様々な服装をしているわけですね。そもそも、カザフスタンはスカシペスタンのように旧ソ連の領土だったこともあってか、ある程度世俗化が進んでいるようで、実際に私の前述した見聞からもそれは事実のようです。ちなみに、私はトルコ人女性の留学生とも知り合ったことがありますが、彼女もイスラム教徒ではあるものの、前述したカザフスタン人の同じように、イギリス人と全く変わらない格好をしていました。トルコは社会主義国になったことはありませんが、1920年代のトルコ革命以降、世俗化が(主に都市部で)進められたという事情を反映していると言えるでしょう。

さて、ロシア領となったスカシペスタンは、その後のロシア革命によってソビエト連邦(ソ連)の構成国の一つとなり、最終的には1991年のソ連崩壊により、初めてスカシペスタン共和国として独立を勝ち取ったを思われます。その後、ナーラオが最高元帥に、ヨースルが最高総統に就任します。

肩書だけを見れば、ナーラオはあくまでも軍のトップであり、ヨースルこそが国のトップと言えそうですが、実質的には二人が同じ地位で共同統治を行っているようです。世界中でオナラを臭くしてしまおうという二人の奇怪な野望が、同じくソ連の構成国で、ソ連崩壊で独立したトルクメニスタンで独裁政治を行っていたニヤゾフ元大統領を思い起こさせます。もっとも、ニヤゾフは国内で極端な個人崇拝を敷いただけであり、世界中にミサイルを飛ばすつもりは無かったようですが。むしろ、スカシペスタン共和国と同じ民族の国であるイランが核開発疑惑で(悪い意味で)世界の注目を集めていたりします。

なお、個人的には増井壮一監督をはじめ制作スタッフの方々は、イランよりもトルクメニスタンを意識してスカシペスタン共和国なる国を描いたようにも思えたりします。ニヤゾフ元大統領の極端な個人崇拝が、日本では半ばゴシップのような扱いでいささか話題になったようですし。

以下に、スカシペスタン共和国の年表を載せておきます。もちろん、スカシペスタンの箇所はフィクションですが、おそらくこのような歴史を歩んできたのではないかと思います。

西暦 出来事
1828年 トルコマンチャーイ条約締結。現在のスカシペスタン共和国の地がカージャール朝イランからロマノフ朝ロシアに支配される。
1917年 ロシア革命により、ロマノフ朝が滅亡。
1922年 ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)成立。スカシペスタン共和国もソ連の構成国となる。
1991年 ソ連崩壊に伴い、スカシペスタン共和国が独立。
2000年代? ナーラオとヨースルがそれぞれ最高元帥と最高総統に就任し、両者による共同統治が行われる。



言語関係

最後にヘーデルナ王国との関係について触れておきたいと思います。ヘーデルナ王国の人々はではヘガデル博士をはじめ関西弁を使用していますが、これはスカシペスタン共和国とヘーデルナ王国の公用語が日本語の標準語と関西弁程度の違いでしかないことを表していると思います。つまり、スカシペスタン共和国とヘーデルナ王国の公用語の差異は非常に少なく、意思疎通も簡単にできてしまうというわけです。

小島剛一は津軽弁と鹿児島弁は全く意思疎通ができないのに同じ日本語の方言として扱われ、一方でマケドニア語とブルガリア語、チェコ語とスロバキア語は非常に差異が小さく意思疎通も十分可能なのに別の言語とされているのは、あくまでも政治的な分類であり、言語学的には同一言語の方言と同系統の別言語を区別する客観的な基準は存在しないことを指摘しています。

人種の側面からいえば、子供の頃のヘガデル博士の容姿から、ヘーデルナ王国の民族もまたスカシペスタン共和国のように白人(コーカソイド)が多く存在する国と推測できます。

これらから、ヘーデルナ王国もまたスカシペスタン共和国と同じくインド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派の言語の国であり、おそらくかつてイランかオスマン帝国の領土であったのが、19世紀頃に両国の衰退に乗じて独立をしたのではないかと思われます。余談ですが、イランだけでなくオスマン帝国でもペルシア語は幅広く使用されていました。そして、その後のロシア革命やトルコ革命などでもソ連やトルコに併合されることなく、独立を保ち、そして王政も保ったのではないかと思われます。

一方で、冷戦時代の頃からソ連の構成国だったスカシペスタンからスパイを送られてきたため、対スカシペスタン感情はあまり良くないと思われます。もっとも、ナーラオとヨースルが国のトップになってから、両国の関係が悪化したとも考えられますが。

民族的、言語的な側面ではヘーデルナ王国はスカシペスタン共和国と非常によく似通っているものの、歴史的な経緯から冷えた関係となっていると考えられるわけです。もっとも、隣同士の国など利害がぶつかり合うことも多いので仲が悪いことが多いですが。

ところで、なぜスカシペスタン共和国の人たちは日本語を話しているのかという点ですが、その辺りはあえて考えないでおきます。そんなことを考えるのは野暮だと思うので。



おわりに

冒頭でも書いたように、本ページの考察は、管理人のイスラム教やペルシア民族に関する知識も十分でないところがあり、これらに関しては耳学問の領域を出ていません。管理人はこれらの分野で専門的な教育を受けた経験がありませんので。

そもそも参考文献を見ていただければお分かりになりますが、一次資料はもちろんのこと専門書や学術論文の類も使用しておらず、全て一般書です。イスラム教やペルシア民族のまっとうな研究者の方々からすれば、箸にも棒にもかからない内容かもしれません。また、人種の箇所で肌の色について論じ、人種差別にもつながりそうな記述があるかもしれず、さらにイラン人は嘘つきなどと民族差別ともとられかねない記述もあります。

しかし、あくまでもフィクションの作品を宗教や民族の分野では素人の人間が半ばお遊びで考察したものですので、大目に見ていただければと思います。その素人の人間である管理人といたしましては、学問の価値を貶めたり人種差別の助長やイラン人を差別しようとする意図は全く無いということを明記しておきます。

なお、文中の敬称はすべて略させていただきました。



参考文献

・井筒俊彦 『イスラーム文化−その根柢にあるもの』 岩波文庫,1991年
・春日孝之 『イランはこれからどうなるのか―「イスラム大国」の真実』 新潮新書,2010年
・小島剛一 『トルコのもう一つの顔』 中公新書,1991年
・小島剛一 『漂流するトルコ―続「トルコのもう一つの顔」』 旅行人,2010年
・桜井啓子 『シーア派―台頭するイスラーム少数派』 中公新書,2006年
・宮田律 『物語 イランの歴史―誇り高きペルシアの系譜』 中公新書,2002年




小島剛一氏のご指摘(当ページの誤謬について)

当ページをアップロードした後、当ページを書いた際に参考にした二冊の書籍『トルコのもう一つの顔』 (中公新書)と 『漂流するトルコ―続「トルコのもう一つの顔」』(旅行人)の著者である小島剛一氏から、メールで当ページについてのご意見をいただきました。

まず、上の文章でマケドニア語とギリシャ語が互いに通じるという箇所は間違いで、正確には「マケドニア語とブルガリア語」というご指摘を受けました。この件については、該当の参考書籍(『漂流するトルコ』(旅行人))にも確かに「マケドニア語とブルガリア語」との記述があり、私の完全な引用ミスでした。この部分については、訂正済みです(下の文章でも取り消し線が引かれているのはそのためです)。

「おわりに」の項目でも書いたように、私が耳学問の領域を出ていない事が専門家の方からのご指摘で明らかにされたわけでありまして、非常に恥ずかしい事であります。誤った情報を訂正するという目的で、以下に小島氏のご指摘を掲載いたします(ご本人の了承は得ております)。



クレヨンしんちゃん研究所の管理人様

架空の国が現実の地図のどの辺りにあり得るかを論じる遊びを楽しく続けるには、「いかにも糞真面目らしい」姿勢を貫くことが不可欠です。もちろん、当然ボロが出て来て、それが笑いにつながるわけですが、引用間違いなどの初歩的な誤謬を犯してはいけません。

小島剛一は「マケドニア語とブルガリア語はお互いに通じる」と書いています。「マケドニア語とギリシャ語」ではありません。確認したうえで訂正してくださいますか。

イランのタブリーズの辺りは、イラン領アゼルバイジャンで、トルコ語に非常に近いアゼリー語(または「アゼルバイジャン語」)の語域です。ご存じなかったようですが、決して「クルディスタンの一部」ではありません。学校教育を受けた人は皆公用語のペルシャ語も話しますが、それは母言語ではありません。「スカシペスタン共和国はイランのタブリーズの辺りだろう」と仮説を立てた場合、「だからスカシペスタン共和国の住民はペルシャ人=イラン人」という等式は残念ながら成り立ちません。ただし、イラン領アゼルバイジャンでも、イランのほかの地域と同様に「住民が些細なことでもやたら嘘をついて憚らない」ことは、幾多の旅行者が経験し、伝えていることです。それに、アゼルバイジャン人やトルコ人にも、少数ですが、金髪碧眼の人がいます。住民がペルシャ人でないとしても、「タブリーズの付近だろう」という仮説自体は成立し得ます。

「タブリーズ付近」だと「一時ソ連に組み込まれた」という歴史フィクションは成り立ちません。

「アルタイ語族」説は、未証明の作業仮説です。いわゆる「アルタイ諸言語」(= テュルク語族、モンゴル語族とトゥングーズ語族の諸言語)の間に親縁関係があるかどうかの証明は、できていません(三省堂の『言語学大辞典』の「アルタイ諸言語」の項を参照してください)。「アルタイ諸言語」にさらに朝鮮語や日本語を加えようとする「言語学者」が確かに何人もいますが、愚かなことです。

「シナ・チベット語族」説も未証明の作業仮説です。荒唐無稽です。

「語族」と「民族」は、別個の概念です。「民族」と「国民」も別のことです。混同してはいけません。同じ語族の言語を話しているからといって「祖先が共通だ」ということにはなりません。「支配者に押し付けられた言語を話しているうちに数世代後には言語同化されてしまった」という事例は世界中にあります。

アラブ人は、「自分たちは白人である」と考えています。「印欧語を話すかどうか」と「白人意識があるかどうか」とは無関係です。

「カザフスタン」は、国家の名前です。「カザフスタン人」と言えば「カザフスタン国籍のロシア人など」も含みます。「カザフ語を母言語とする民族」と言いたいのであれば「カザフ人」と書いてください。

スカシペスタン共和国の所在地と歴史に関して、もっと「もっともらしい」バージョンを作ってみませんか。

小島剛一





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