クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉



INHALTSVERZEICHNIS

概論

野原刑事の事件簿

ひまわり ぁ GOGO!

ふしぎの国のネネちゃん

ヒーロー大集合

私のささやかな喜び
―A motion for a long time―


ぶりぶりざえもんのぼうけん
銀河篇







概論

「クレしんパラダイス」は、劇しんでも唯一の短編(というより掌編)の作品であり、監督は水島努氏が務めました。この作品は「温泉わくわく」と同時上映されましたが、興行収入があまり良くなかった為か、短編は現在(2005年)に至るまで、製作は行われていません。ただ、「クレしんパラダイス」は同じく水島監督の「ヤキニクロード」と、似た部分を見出すことができます。

その類似点は、ひたすらギャグに走っているという点であり、涙を誘うようなシーンはありません。しかし、「クレしんパラダイス」は短編である以上、「ヤキニクロード」やその他の長編の作品とは、大きく異なる作品でもあります。その最大の相違点は、「クレしんパラダイス」にはストーリーが省かれている事です。

長編の作品には(長編であるがゆえに)、軸となるストーリーが必ず存在していますが、「クレしんパラダイスは」短編であり、しかもわずか11分の上映の中で、6つもの独立した話をオムニバス形式で上映するのですから(つまり1話の平均は2分弱)、そこにストーリーを入れる「余裕」は無く、ただギャグの羅列という仕上がりになっています。

それでは、このギャグの羅列となっている、ある意味最もクレしんらしさを持ち、またある意味では劇しんの中でも最大の異色作であるこの作品は、具体的に如何なるものなのか、見ていくことにします。



野原刑事の事件簿

東宝マークの後、まず初めにこの作品が上映されます。これはタイトルが出る前の話であるので、プレタイトルシーンに該当します。

この作品は、園長が(下着泥棒の容疑で)ひろしと川口らから尋問を受けるところから始まります。そして、彼らの上司として、しんちゃんがいるのですが、この作品での設定は明らかに、テレビアニメのスペシャル「野原刑事の事件簿だゾ(1〜3)」(1996年12月27日放送)のそれと同じです。

つまり、スペシャル番組の延長線上にあるわけですが、長編の作品でで、劇しんがテレビアニメの非日常の話(「野原刑事の事件簿だゾ」、「ぶりぶりざえもんの冒険」など)の設定が取り入れられることはありませんでした。しかし、この作品ではあえて非日常の側の設定を取り入れているのです。

ただし、ストーリー性が無いため、非日常でのオリジナルの設定を知らずとも、十分楽しめるようになっています。そして、この作品の最大の見所(オチ)は、しんちゃんが蚊を叩くところで、これは作品の設定とは直接の関わりはありません。

そして、このギャグは「クレしんパラダイス」における前口上としての機能を果たしており、この後タイトルが表示され、いよいよ本格的に内容へ踏み込んでいくことになるのです。



ひまわり ぁ GOGO!

タイトル表示の後、いよいよ本格的に入っていくのですが、まず、「ひまわり ぁ GOGO!」からとなります。この作品は、ひまわりが主人公であり、作品もひまわりの視点から描かれています。

そして、この作品は単にひまわりが蝶を追いかけるという内容ですが、その追いかける過程で、野原一家を振り回すのが見所となっています。また、それはかなり大胆な描写になっています。

例えば、ひろしとみさえが階段から落ちたり、しんちゃんが股間を頭突きされた痛みに悶絶し、その際に服が脱げていってしまうシーンなどです(なお、この悶絶するしんちゃんの口元が一瞬笑ってもいることから、しんちゃんはマゾヒズム的嗜好の持ち主と思わせるシーンでもあります)。

これだけ大袈裟な描かれ方になるのは、やはり(極めて短い作品なため)ストーリー性がない分を補っているようであると考えられます。

そして、ひろしの頭のたんこぶを叩くという、これまた大胆で、かつあまりにも痛々しい描写で、この作品は幕を下ろし、次の作品へと移っていきます。



ふしぎの国のネネちゃん

「クレしんパラダイス」の第3作目は、ネネちゃんが主人公として描かれています。しかし、前作とは全く対照的に、今度は主人公がその他の登場人物たちに振り回されるという展開になっています。

水島監督は好きな映画の一つに、「不思議の国のアリス」を挙げたことがありますが、タイトル、そして冒頭シーンからでも(ネネちゃんはウサギを追いかけて「ふしぎの国」に迷い込んでしまうが、これは「不思議の国のアリス」と同じ展開)同作品のパロディであるのは明白です。

この作品は、同時上映された「温泉わくわく」と同様、監督の趣味に徹底的に走り、子供向けをあえてあまり意識していない作品であると考えられます。それは、麻雀のシーンや花札、競馬、ゴルフ、パチンコ、競輪、競艇の描写があることからもうかがえる事です。

そして、子供向けを意識していないという点は、表面的だけでなく、内面的にも同様の事が言えます。この作品で、ネネちゃんは異世界へと迷い込み、そこで他のキャラクターたちに振り回され、うさぎの警察によって、賭博の現行犯で逮捕されてしまいます。

そして、裁判にかけられ(裁判を行うのは、実際に賭博をしていたしんちゃんたち)、罪状とは全く無関係な「おママごと禁止法違反」という罪で死刑判決が下されます。

この、あたかも不条理劇を思わせるような展開は、実存主義にも通じており、不安や絶望がギャグとはコインの表裏の関係の如く、作品に重くのしかかっていると言えます(ビアガーデンでプロレスをやらされるシーンで、ネネちゃんがリングの泥(沼?)の中にもぐる際に、チラッとリングに中に顔を出しているうさぎがその事を既に暗示しているとも言える)。

これは、とても子供向けとは思えないシーンであり、大人向けを意識したためか、その要素が歪んだ形で表れたものです。これは、「ヘンダーランド」でも同様のケースが見られます(「
ヘンダーランドの大冒険」参照)が、「ヘンダーランド」は子供向けを大きく意識した上で起こっているので、この作品とは逆の性格を持っています。

つまり、この作品は「クレしんパラダイス」の中でも(表面的にも内面的にも)最も大人向けの作品であると言えるのです。また、このような展開は、後にテレビアニメ放映される「殴られウサギの逆襲だゾ」(2003年6月7日放送)を思い起こさせるものでもあります。

そして、これらの展開は全て夢であった事が判明しますが、この直後ウサギを追いかけるという冒頭と同じ展開になります。そして、この「現実世界」ではウサギを殴ります。ネネちゃんが、ウサギによって、夢の世界で散々な目に遭うというのは、自分が普段ウサギを叩いている事に対する(意識しているかどうかはともかく)罪悪感の表れであり、「現実世界」で殴る行為は、たとえ罪悪感を持っているにせよ、ネネちゃんがウサギに対して、表面上、普段どのように接しているのかを表し、それを対比させたものであると見ることが出来ます。



ヒーロー大集合

続く作品は、「ヒーロー大集合」という、その名の通りヒーローが大集合するものですが、それは普段テレビアニメ版でもお馴染みのアクション仮面やカンタムロボだけでなく、ネネママセヴン、お兄ちゃん仮面、マタニティライダー、サラリーマン仮面と、(テレビアニメのスペシャルに登場した「ヒーロー」も含めて)あまり馴染みの無い「ヒーロー」も含まれています。

ただし、元はどのようなキャラクターなのかは一目瞭然なため、馴染みが無いとは言えなくも無く、却って笑いを誘う効果も挙げています。ここで、彼らが戦おうとする「怪獣」は、「ヘンダーランド」で登場したス・ノーマン・パーであり、過去の劇しんがここではパロディとなっていることが分かります。

また、この話の「舞台」は東京都心であり、(怪獣映画ではお馴染みの?)東京タワーが映っていることから、(マタニティライダーがネネママセヴンとの戦い(というより喧嘩)の際、武器として使っている)怪獣映画のパロディであるのは明白で、同時上映の「温泉わくわく」を、巨視的に言えば「3分ポッキリ」を思い起こさせもします。

結局、「ヒーロー」たちは仲たがいをし、こそこそ身を引くス・ノーマンには却って哀愁を感じさせます。仲たがいする「ヒーロー」たちは正義の味方とは程遠い、単なるエゴイストに堕してしまっているのですが、このラストシーンは後の「3分ポッキリ」でたびたび問われることになる「正義」とは何かが(さらには、善とは、悪とはが)、この作品で既に暗黙に問われているようにも解釈が可能です。



私のささやかな喜び ―A motion for a long time―

この作品で、最初の主題はみさえの便秘という、日常のテレビアニメ版でも馴染みのありそうなネタであります。

そして、みさえが便秘解消のため、(時にはひろしを巻き込んで)様々な努力を重ね、ついに便秘が解消されたという喜びがミュージカルとなっており、そこからテレビアニメ版の日常の話とはまったく別のものとなります。

そして、この話のミュージカルは便秘の解消という、傍から見れば、その「ささやかな喜び」を味わうみさえ(と共にそれを喜ぶひろし)の心境を膨らましたものです。このミュージカルは、ただ「出た」という事をひたすら強調していますが、その言葉は、ミュージカルの中では事実上形骸化し、何が「出た」のかはもはや問題ではなくなっています。

その代わりに、人間における幸福とは何かを問いかけるテーマへと変貌していくことになります。ミュージカルの歌詞の中では、良い事など何も無いのに、幸福だとか、小さな幸せでも心と体を澄みわたらせるなど、日々の平凡な生活の中で得られるささやかな喜びの中に、真の幸福を見出そうとする姿勢がうかがえます。

そして、そのように幸福を見出そうとするからこそ、大きな喜びは必ずしも必要ではない、という解釈が出来ます。だから、ひろしがミュージカルの中で歌っている、願いとは小さな事しかかなわないのだという、悲哀に聞こえるこの歌も、実は一つの生きる指標が込められているとも考えられます。

さて、その一方で、この作品は「ふしぎの国のネネちゃん」と同様、水島監督(あるいはその他の製作スタッフ)の趣味に走っている作品でもあります。あからさまな洋画のパロディ(「サウンド・オブ・ミュージック」、「タイタニック」、「メリーポピンズ」、「雨に唄えば」、「ブルースブラザーズ」、「イージーライダー」)が登場することからも、それがうかがえます。

そして、この作品は「クレしんパラダイス」の6つの作品の中で、上映時間が最も長いこと(3分40秒)、これまでにテレビアニメに登場したキャラクターが、(多くは郷博士や山田ジョン少年のように一瞬だけの登場ではあるものの)劇しん史上、最も多く登場することから、「クレしんパラダイス」のみならず、テレビアニメの集大成的作品とみなすことも出来ます。



ぶりぶりざえもんのぼうけん 銀河篇

「クレしんパラダイス」最後の、この作品の副題は「銀河篇」であり、藤原啓治氏によるタイトルコールや、「BURIBURIZAEMON IN」、「映倫」ではなく「映豚」と表示されているなど、非常に趣向の凝らしたオープニングで始まっておきながら、恐るべき(?)オチで終わってしまいます。そこにはストーリー性はもちろんのこと、内容もほとんどありません。

ただし、この作品は公開当時であれば、このオチを素直に笑う(あるいは呆気に取られる)ことが出来たでしょうが、現在はそういうわけにいかなくなっています。

なぜなら、このぶりぶりざえもんを演じていた塩沢兼人氏が本作の公開から1年後、事故で亡くなっており、それ以降、声のあるぶりぶりざえもんは登場しない、つまり登場が本当に終わってしまったからです。

そのため、この作品でのしんちゃんの「おわり」というナレーションは、極めて残酷なものへと変化し、それに続くぶりぶりざえもんの「終わるなっー!!」は、「クレしんパラダイス」に続く「温泉わくわく」の中での「ぶりぶりざえもんのぼうけん★流星篇」という番組が中断になってしまうシーン、エンディングのラスト「ぶりぶりざえもんの冒険 New York篇」での「終わるな〜!!」も含め、リアリティに満ちたものとなっています。

そして、ぶりぶりざえもんの声の復活(つまり代役を立てる)がなされれば、この「終わるなっー!!」という台詞はその時の単なるギャグに過ぎなくなり、一方、このままなされなければ、この台詞はいつまでもリアリティに満ちたものであり続けるでしょう。

もっとも、塩沢氏のぶりぶりざえもんは、もはや永久に戻る事は無く、それを踏まえれば、単なるギャグに過ぎなくなるというのは、そもそも始めからありえない事なのかもしれませんが。・・・・





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