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「しんちゃんナイト」とオフ会レポート17



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しんちゃんナイト

スケジュールオトナの帝国思い出裏話夜は更ける


舞台挨拶つきオフ会

三度目の鑑賞舞台挨拶栃木へクレしんワールド



しんちゃんナイト

スケジュール

2012年4月13日金曜日、『クレヨンしんちゃん』の第1回目の放送が始まった1992年4月13日月曜日からちょうど20年が経過したこの日、2011年に公開された『嵐を呼ぶ 黄金のスパイ大作戦』がテレビ放送されました。私も放映が始まった当初は家に帰って鑑賞しましたが、1時間ほどが経過したところ(しんのすけがアクション仮面が偽物であることに気付いて落胆するシーンのあたり)で、テレビを消して家を出ました。

『スパイ大作戦』のDVDも持っていますし、録画もしていますし、テレビ放送ではカットされているシーンもあるので、わざわざリアルタイムで観なければならない理由は無いのですね。強いて言えば、視聴率に貢献するくらいです。なお、どのシーンがカットされたのか、詳細はこちらで書いています。

さて、私が『スパイ大作戦』の鑑賞を途中でやめて、家を出たのはその日の深夜に新宿はバルト9という劇場で行われる、「しんちゃんナイト」というイベントに参加するためです。
スケジュールは以下のとおりです。


4月13日(金)22:00〜25:40
22:00 〜 23:30 人気一位作品「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
23:30 〜 24:00 トークショー・カウントダウン
ゲスト:増井壮一監督 原恵一監督、藤原啓治氏(野原ひろし役)
24:00 〜 25:40 新作「オラと宇宙のプリンセス」上映


このイベントと、その翌日の14日の土曜日に有楽町の日劇で行われる『オラと宇宙のプリンセス』の初日舞台挨拶付きの会に、私は参加することとなっていました。チケットぴあで両方を応募したところ、両方とも当たりました。ちなみに、昨年と同じく14日の初日舞台挨拶の方は『クレヨンしんちゃん的ページ』のMr.Kさんも参加されることとなっていまして、私はMr.Kさんの分と2枚購入しました。

また、13日と14日の両イベントには、3月25日に私を試写会に招いてくれた水橋ホトリさんも参加されるとのことでしたが、水橋さんは自分でチケットを用意されていました。

最初に、このイベントの少し前に行われた「バカデミー賞(アワード)2012」という投票で、『オトナ帝国の逆襲』が1位になりましたので、それが上映されるわけです。
そして、その次のトークショーですが、公式サイトでは当初はしんのすけの声を演じておられる矢島晶子女史が出演される予定だったようですが、変更になりました。昨年の『スパイ大作戦』と今年の『オラと宇宙のプリンセス』の監督を務めた増井壮一氏と、『オトナ帝国』の監督の原恵一氏、そして野原ひろしの声を演じている藤原啓治氏の3名です。



オトナの帝国

さて、13日の金曜日、『黄金のスパイ大作戦』がテレビで放映されている途中でしたが、録画もしているので家を出ました。時計を見ると20時頃でした。その後、電車を乗り継いで、私の自宅から新宿駅南口を歩いて数分のところにある新宿バルト9までは、大体1時間ほどかかりました。というわけで、21時頃に到着したわけですが、会場は21時50分なので、しばらく待つことにしました。

すると、水橋ホトリさんからメールが来ました。事情があって遅れるとのこと、多分開場までには間に合わないので、待っていなくて良いです、先に入ってくださいとのことでした。ちなみに、チケットぴあでのチケットをセブンイレブンで受け取った時、座席は決められていて、自分で指定することはできませんでした(何か裏技を使えば指定できたかな)。

『クレしん』が上映される予定のバルト9のシアター8(251席と車椅子用に2席)は13階にありまして、チケット売り場の9階からエスカレーターで上がりますと、『オトナ帝国』と『宇宙のプリンセス』の看板がありました。時間が迫ってくると、係員が並ぶように言ってきました。私も行列に加わりましたが、なんだかなぁという気分でした。ちょっとオタクっぽい人が多かったような気がしたのです(お前が言うなと突っ込まれそうですが)。

21時50分に開場となり、私は自分の指定された座席であるH列20番に座りました。なお、各座席には紙袋が置かれていて、中を見ると3月25日の試写会でももらったしんちゃんのお面が入っていました。参加者へのプレゼントだったようです。

右横には中年の女性がいました。けっこう印象に残っているのですね。劇場内では『オトナ帝国』の主題歌である『ダメダメのうた』や『元気でいてね』が流れていました。『元気でいてね』が流れていると、私の付近にいた二人の若い女性客「さっちゃんだ」、「今話題の」といった会話をしているのが聞こえました。

劇場内の座席はかなり埋まっており、8〜9割の席が、少なくとも258席の中で250人以上の観客がいました。ここで私は6年前の2006年4月7日に行われたオールナイトを思い出しました。

その時は『ハイグレ魔王』から『踊れアミーゴ』の全(当時)14作品を4回に分けて上映するイベントが六本木ヒルズのTOHOシネマズで行われたのですが、『オトナ帝国』(と『戦国大合戦』)が上映される日だけ異様に混んでいたものです。

22時1分、いよいよその『オトナ帝国』が上映されました。予告はなく、いきなりの上映です。この作品についての感想については今までも何度か書いてきたので、ここでは繰り返しませんが、当サイトの「映画編」でまた新しい考察を書きたいなぁと思いました。

『オトナ帝国』など『クレしん』の映画の大部分は既に見飽きているほど鑑賞しているので、ストーリーを楽しむというより、このシーンはどんな風に読み解けるかなど、そういう極めて理屈っぽい見方をして楽しむというスタイルが、私の脳内でできあがっているのです。

今回、『オトナ帝国』を鑑賞して思ったのが、ひろしが幼稚園バスに必死にしがみついて、園長先生が助けてくれるのかと思ったときに「あ、ど、どうも」と言うシーンと、EXPO70の部屋で子供のひろしの前から分かりし頃の銀の介とつるが去ってしまうシーンは関連性があると思いました。そして、その関連性がケンとチャコの敗因につながったと考えられます。どういうことかは、いつか『オトナ帝国』の考察のリメイクで書こうと思います。

それにしても、もちろんフィルムを使っての上映でしたが、『オトナ帝国』は11年も前に公開された作品なので画質が劣化している部分もありましたね。
確か、今から9年前の2003年に池袋の新文芸坐で行われたオールナイトでも、当時から遡ること10年前の1993年に公開された『ハイグレ魔王』にも、一部画質の劣化があったのを覚えています。



思い出

23時30分頃に『オトナ帝国』は終了となりました。この後、少しの休憩を挟んでトークショーです。休憩中、私は水橋ホトリさん来ていないかなと思って、辺りを見回ししたら、いました。後ろの方で。水橋さんも私に気づかれたようで、私は手を挙げて「あ、どうも」と声をあげました。

水橋さんは、映画が始まって10分ほど経過した頃に劇場に入ってきたとのこと。ちょうど、ひろしたちが怪獣と戦っているところです。それと、この休憩の最中には、スクリーンでは『クレしん』の映画20周年の宣伝映像が流れていました。

さて、休憩終了後のトークショーでは、まず司会を務める映画パーソナリティの伊藤さとり氏の登場です。

このバカデミー賞で1位を取ったのは『オトナ帝国』だから同作品が上映されたとのことで、この作品に投票した人は手を挙げてくださいと伊藤氏が言ったら、やはりかなりの人が手を挙げていました。私の右隣の女性も手を挙げていました。ちなみに、私は何の作品に票を入れたかというと、私は入れていませんw

というのは、投票の件はかなり前から知っていたのですが、そのうち、そのうちと思っているうちに、すっかり忘れてしまって、投票し忘れてしまったのですorz

ちなみに、もし思い出して投票できたとしたら、私は『黄金のスパイ大作戦』に入れていたでしょう。現在、私の一番好きな作品なので。

さて、出演者の原恵一監督、増井壮一監督、藤原啓治氏の3名が登場しました。ここで印象的だったのは、増井監督がメガネをかけていたことです。昨年の『スパイ大作戦』の時はメガネをかけていなかったので、ちょっと新鮮な感じがしました。23時45分、『オラはにんきもの』のBGMが流れて、意外な(?)ゲストが登場しました。(着ぐるみの)しんのすけです。

話題は、今年は劇場版の20周年記念ということで、何かできないかと思い、前述した劇場版の投票を3月3日より行なったそうです。そして、1位になった『オトナ帝国』は4月9日から13日、つまりこの日の19時まで無料配信されていたとのことです。私はDVD持っていますし、飽きるほど観ているので、特にこの配信には何も手をつけませんでしたが。

さてさて、ゲストのしんちゃんは、お子様だからさすがにおねむとのことで、23時50分頃に退場することにしました。後は、司会を除くと男だらけのトークイベントということになりました。

原監督は『クレしん』のスタッフを離れ、シンエイ動画を離れて久しく、『オトナ帝国』を久しぶりに鑑賞して懐かしいと言っていました。そして、藤原さんに「ご苦労さまです、父ちゃん」とねぎらい(笑)の声をかけていました。

藤原氏は、参加者はむさくるしいおじさんばかりかと思いきや、女性客が意外と多いということを指摘していました。そうなんですよね、女性客がけっこう多いのですよね。ただ、確かに女性客は多かったのですが、男性は妙にオタクっぽい人が多い気がしていました(だからお前が言うなと、ここでも突っ込まれそうですね)。

原監督にとって、1997年から2002年に劇場版の監督を務めた『クレヨンしんちゃん』は、自分のキャリアの中でも特別なものだと語っていましたが、原さん顔がちょっと赤いのが少し気になっていました。すると、藤原氏によると、原監督は酒を飲んで会場に来たとのこと。原さん、藤原さんに「ケイジ〜」とのってきたのだとか。

さて、しんちゃんというのはまさに解放される少年とのこと。『オトナ帝国』はテンポの良い作品であり、やればできるということを認識したのだそうです。さて、藤原氏の演じている野原ひろしなるキャラクター、最初はあまり台詞のないキャラクターであり、テレビアニメでは「いってきます」と「ただいま」くらいしかなかったんだそうです。

しかし、本郷みつる監督と並んで最初期の『クレしん』から関わっている原氏によると、スタッフの間でひろしに色々な事をさせようということになり、台詞も増えていったんだそうです。

司会の伊藤氏は、ひろしのような旦那は良いということを言っていました。ちなみに、ひろしと言えば足が臭いというのが特徴ですが、ひろしを演じている藤原さんは無臭とのこと。キャラと中の人は一致する特徴を持っているわけではないのですね。ここで、原さんに自分の作品が1位になった心境というのを質問されまして、原さんは毎年劇場版の監督をするのは負担だと言いました。ネタが無いからだと。

ここで私が思い出したのが、『暗黒タマタマ大追跡』のパンフレットでの原監督のインタビューで、もうあまりネタが無い、過去に行ったし変な宇宙人も来たし、というような事を言っていたことです。原監督とっては最初の、劇場版では5作目に当たる『暗黒タマタマ』制作時でさえそんな発言をしていたのですから、よくそれから6作品に作れたなと、そして20周年まで来たなと改めて思いました。

しかし、原監督もこの後に言いましたが、自分がスタッフから離れると、許容量が多い作品であることに気づいた、自分がしんちゃんに連れて行かれた、本当に自由度の高い作品とのことです。ギャグ、シリアス、しんみり、下品、なんでもありな作品、それが『クレヨンしんちゃん』というわけでなのです。これだけの要素を揃えている作品って、なかなかあるものではないですから。

さて、増井監督に『オトナ帝国』に感想を訊いてみました。増井氏が1966年生まれ、『オトナ帝国』公開時の2001年は30代半ばで、ちょうどひろしと同じ年だったのですね。それで、当時流行っていたのがコンビニに売っていたフィギュアについているおまけで、それが懐かしのキャラのフィギュアで、そういうのを集めるていた時期があったんだそうです。

とはいえ、そういうところから離れなければならないということになり、青年から中年の境地にあきらめて入っていくとのだと言っていました。結局のところ、青年から中年の境地に入っていく方々にとって、特に『オトナ帝国』は惹きつけられるところがあるのかもしれませんね。



裏話

ここで『オトナ帝国』に関する裏話を一つ。同作品で、ひろしが自分の靴の臭いをしんのすけに嗅がされて、自分の子供から大人にかけての日々を思い出し、大人としての自分にもどるという感動のシーンがありますね。しんのすけが「父ちゃん、オラが分かる?」と聞くとひろしは涙を流しながら「ああ、ああ!」としんのすけを抱きしめるシーンです。このシーンのアフレコで、ひろし役の藤原啓治さんは「ああ、ああ!」と言った際、藤原さん、迫真の演技のせいか涙が出てきたというのです。

ただ、アフレコの際にはサングラスをしていたので周りには気づかれなかったようですが。しかし、原監督はもう一回撮り直しを命じたというのです。しかし、原さん、この時「あれ、でも結局テイク1の方の方を使ったっけな」というような発言をしており、それで藤原さんちょっと憤慨していた感じでしたね(笑)。なお、藤原さんは『オトナ帝国』の試写会の時に泣いていたというようなことを言っていました。

なお、原監督によると『オトナ帝国』は子供向けという側面から大きく反した内容であるからか、この映画が公開されたら、自分は『クレしん』の映画の監督はクビになる覚悟をしていたそうです。失敗作だったという自覚を持っていたようです。しかし、実際の反響は非常に良く、それが嬉しかったそうです。『クレしん』の関連企業のお偉いさん方も『オトナ帝国』に対しては当初戸惑いの念を隠せなかったようですが、原監督はこういうのでいいんだという気持ちになれたそうです。

さて、今年の映画は昨年に引き続き増井壮一監督による20周年記念の作品となりますが、増井監督は、自分はテレビアニメのスタッフとしての関わりが無く傭兵みたいな感じなのに、このような重要な節目に監督を任されて大きなプレッシャーがかけられていると言っていました。なお、増井監督は今年の映画『オラと宇宙のプリンセス』は80分程度に収めるつもりだったそうですが、結局カットする部分があまり無かったようで、110分にもなってしまったそうです。

ここで質問タイムです。観客が手をあげて、選ばれた観客が質問をするというものです。増井監督に訊きたいことがありましたので、私も手をあげましたが、左後ろのメガネをかけた男性が当てられました。男性は、「一番のお勧めの作品は何ですか?」という質問をしました。原監督の藤原さんは『オトナ帝国』だと言っていました。

特に、原監督は自分の作品に愛着があると言っていました。増井監督は同じく原氏による『温泉わくわく大決戦』が好きだと言っていました。翌日、『クレヨンしんちゃん的ページ』のMr.Kさんにこの事を言うと、増井監督のこの発言に「渋いですね」と言っていました。質問をした男性も訊かれまして、男性は『ヘンダーランドの大冒険』が好きだと言っていました。

ちなみに、私が一番好きな作品は昨年の2011年の『黄金のスパイ大作戦』です。1位〜7位の作品は、管理人のページをご覧ください。なぜ、私が『スパイ大作戦』が好きなのか、その理由はこちらの記事を読んでいただければと思います。

ちなみに、私が増井監督に訊きたかったこととは、「昨年公開された『黄金のスパイ大作戦』の舞台であるスカシペスタン共和国は地球のどの辺にある国ですか?」というものです。スカシペスタン共和国についてプロの言語学者と一緒に考察したこともありますので、これはぜひ製作者に訊いてみたいと思ったのです。

次の質問に移りまして、再び観客の何人かが手をあげていまして、私もまた手をあげました。しかし、また当てられず、今度は中央で少し前の女性が当てられました。その女性は「テレビシリーズで好きな作品は何ですか?」という質問をしました。なお、女性はひまわりが生まれた話(「赤ちゃんが生まれたゾ」(1996年9月27日放送))が好きだと言っていました。

増井監督は、マサオ君がハッカ飴を舐めさせられて、それだけで1本の話を作ってしまったという話(おそらく「スースーが苦手だゾ」(2009年放送11月6日))と、野原家のテレビが壊れてしまう話(おそらく「テレビがこわれたゾ」(1995年2月27日))を挙げていました。

藤原さんは思い浮かばないと言っていましたが、テレビが始まってから3〜4年後くらいに放送された話が良かったと言っていましが、どういう話か思い出せないそうです。原監督ですが、ここで『オトナ帝国』の誕生秘話を聞くことができました。

実は、同作品を作るきっかけになった作品があったというのです。その話は春日部に「懐かしい」が売りのアトラクションができて、それで、みさえやおケイが「懐かしい」歌を唄ったりするなどの話です。これは、そういう既成曲を使っているため、著作権上の問題でビデオソフト化されていないのですが、その話を作ったとき、なんだか中途半端な感じがしたので、もう一度こういう話を作りたいと思うようになり、その結果生まれたのが『オトナ帝国』だったというわけです。

この話、コアなファンの方ならお気付きだと思います。「母ちゃんと父ちゃんの過去だゾ」(1999年9月10日放送)です。私にとってこの話は、みさえの父ちゃんのよし治がみさえに見合い写真を持ってくるシーンが印象的でした。見合い相手はクリーニング屋の息子で、折り目正しか男とのことです。

それはともかく、まさかここで『オトナ帝国』の誕生秘話を聞くことができたのは大きな収穫でした。それだけでも、このイベントの料金2500円を払った甲斐があったと実感しました。翌日、この話をMr.Kさんにしたところ、そういえば『オトナ帝国』を始めて観た時、20世紀博のシーンが「母ちゃんと父ちゃんの過去だゾ」(1999年9月10日放送)と似ていると思ったと言っていました。

ちなみに、私の好きなテレビシリーズの作品なんですが、これはたくさんあって選べません。ただ、最近放送されたものだけに限定すると、「野原家脱出大作戦だゾ」(2012年1月13日放送)を挙げます。この話では、しんのすけがボーちゃんとあるお遊戯をやろうとするのですが、それは「落ちてる靴下ごっこです」。

離ればなれになる靴下の悲哀を演じるあの迫真の演技!未だかつて落ちてる靴下の悲哀をここまで表現したお遊戯があっただろうか!というほどの衝撃的な遊びでした。ボーさま、あなたはそこまでスーパーエリートだったのですか。ボーさまがスーパーエリートであることは以前から実感していましたが、まさかあれほどのスパエリぶりを見せてくれるとは、あまりにも衝撃的でした。

さらに、この話では泣き虫オニギリこと佐藤マサオが、自ら進んでこのスーパーエリートお遊戯に参戦しているという驚愕の結末が描かれています。泣き虫オニギリのマサヲがスーパーエリートの佐藤様へ成長していく様子が垣間見られるのですから、まさにこれは衝撃的な一本でした。

あれほどまでにスーパーエリートな言動が見られる作品が今までにあまり無いのではと、もし私が「好きなテレビシリーズの話は?」と訊かれたら、こんな感じに熱弁していて、周囲を「キモッ」とドン引きさせていたことでしょう、もし、私の言動に「キモッ」と思わなかった方がいれば、その方は立派なキモヲタです(爆)。

そういうわけで、私が質問に当たらなかったのは良かったでしょう。



夜は更ける

時計を見ると既に日付は変わっており、0時25分になっていました。ここで、プレゼント大会ということで、20あるプレゼントを増井、原、藤原各氏がくじを引いて、そのくじに当たった席の人がプレゼントをもらうことができるということです。20のうち18のプレゼントはチョコビです。そういうわけで、この3名が18、一人6つのくじを引きました。結果は以下の通りです。


増井壮一氏が引いたくじ D-20 E-26 H-10 I-20 J-6 J-11
原恵一氏が引いたくじ K-9 J-16 B-4 I-26 K-19 H-8
藤原啓治氏が引いたくじ E-21 D-18 I-8 E-18 L-9 D-12


残り二つのプレゼントですが、一つは増井、原、藤原各氏のサインの入った色紙です。これは、原監督がくじをひきました。責任重大だと言いつつ引いたくじに当たったのは、B-20の女性で、その女性は大変喜んでいまして、原監督も「嬉しい」と言っていました。

次は、『クレヨンしんちゃん』のサイン入りのポスターです。『オラと宇宙のプリンセス』に出演した田中直樹(ココリコ) 、イケメンC 遠藤章造(ココリコ) 、藤井隆、土田晃之各氏の4人と同作品の主題歌を唄った渡り廊下走り隊7のメンバーの7人、計11人のサインが入っています。これは増井監督がくじをひきました。当たったのはG-8の男性です。

0時33分、これでプレゼント大会が終わりましたが、ここで再び(着ぐるみの)しんのすけが登場。サプライズということで、しんのすけは原監督にお礼状を渡しまして、原氏は「立派になったなぁ」と言いました。そして、増井監督には感謝状を渡しました。原監督の作品が劇場版で一番好きと言われ、藤原さんは「オラのかっこいい父ちゃんだゾ」というわけで、原、藤原、増井各氏としんのすけによる写真撮影が行われました。

この写真撮影の際、携帯電話やデジカメで撮影する観客も多くいて、私は驚きました。ここで撮影していいのかと。また、私の右隣りにいた女性もびっくりしており、「信じられない」と言って、私も女性に「これっていいんですかね」と話しかけました。撮影会の後、3名がメッセージを送ってトークショーは終了となりました、そして、「男だらけのしんちゃんナイト」もいよいよ最後のイベントに入っていきます。最新作の『オラと宇宙のプリンセス』、試写会を除いた正規の上映で一番早くの上映となります。

休憩はなく、そのままの上映となりました。原、増井、藤原各氏が退場したのは0時42分頃で、2分後の44分に『オラと宇宙のプリンセス』上映開始となりました。3月25日の試写会で初めて観て、今回は2回目の鑑賞です。2回目なので、内容もひと通り分かっていまして、最初に観た時にはよく分からなかったことも、2回目には分かって、作品の良さなどもより理解できるようになった気がします。

ところで、私は最初に観たとき、おつまみ大臣のまーきゅんにあまり良い印象を持っていませんでした。今回観た時は、いくらかその良くない印象が改善されました。外見から、ちょっとユーモラスな感じもしましたし。

それと、70分後の歴代の劇場版のおねいさんたちが登場するシーンで、私は昨年の『スパイ大作戦』のレモンを見つけることができて、感激しました。前回、初めて観た時はおねいさんたちが登場するシーンにただただ驚いていましたので。実は、歴代のおねいさんの中で、私はレモンが一番好きなキャラクターなのです。これが、『スパイ大作戦』が劇場版で一番好きな理由の一つだったりします。

映画は2時34分頃に映画が終了し、「しんちゃんナイト」はこれで終了しました。



舞台挨拶つきオフ会

三度目の鑑賞

終了後、私は水橋ホトリさんと一緒にエレベーターで下の方へ降りていきました。水橋さんは途中、売店で『宇宙のプリンセス』のパンフレットを購入していましたが、私は買いませんでした。

その日、夜が明けたら今度は舞台挨拶付きの会が有楽町の日劇で行われるので、そこで買うつもりだったからです。水橋さんは自転車で家まで戻るとのことで、下のビルの入口で別れました。なお、水橋さんも初日舞台挨拶付きの会には参加されるとのことでした。私は近くの漫画喫茶に泊まることにしました。

終電の時刻も過ぎ去り、家には帰れなくなっていたからです。外は雨が降っていまして、私は折りたたみ傘を持って、近くの漫画喫茶「MAMBOO」に入りました。すると、中には先ほどまで「しんちゃんナイト」に参加されていたと思われる方々が行列を作っていました。

しばらく待って、ようやく個室を確保できました。ネットにつながったパソコンの席だと、身分証明書が必要になって、色々面倒な手続きがあったので、わたしはネットは使わなくて良いので、さっさと席を用意してもらいました。ねぐらが確保できれば、それで良いのですから。

私が眠りに就いたのは3時半近くになってのことです。それから4時間と数十分ほど経った7時半過ぎ、目を覚まして朝食としてカップラーメンを食べて、身支度をしました。8時半近くに漫画喫茶を出まして、新宿駅から中央線で東京駅まで行き、山手線に乗り換えて有楽町駅に到着しました。Mr.Kさんとは9時50分頃に会う予定だったので、有楽町の周辺をフラフラしていました。まだ開いていない店も多く、あまり面白くはありませんでしたが。

そして、9時50分近くなったので、集合場所の有楽町駅銀座口の改札前で待っていました。ところで、水橋ホトリさんも来る予定だったのですが、来る気配が無かったので携帯にメールを送ることにしました。メールを送ると、Mr.Kさんが来ましてお久しぶりぶりの再会となりました。水橋さんとは劇場で会えるだろうと思い、時間も無いのでそのまま劇場に向かいました。

毎年同じく、有楽町マリオンの9階にあるTOHOシネマズ日劇に行ってみると、多くの人でごった返していました。この間、水橋さんから返信が来て、既に劇場に来ているとのことでしたが、上映前の時点では水橋さんの姿は確認できませんでした。

劇場に入る前、私はMr.Kさんにチケットぴあで購入したチケットをお渡ししました。席は私がM列16番、Mr.Kさんはその右隣りの17番でした。少し前よりで、中央の席でした。席は指定できないのですが、なかなか良い席が取れたなと思いました。なお、入場に際して、私たちは場内のプレゼントをもらえましたが、またしてもしんのすめのお面ですw

私、これで3つ目になるんですけどね。3月25日の試写会、前日の「しんちゃんナイト」で既に二つもらっており、後者の方は持っていた紙袋の中に入れていました。さて、私たちが劇場に来たのは9時55分頃で、その10分後には場内が暗くなって上映開始となりました。とは言っても、最初は予告ですけどね。

TOHOシネマズ日劇の予告は長いという印象があり、今回も約15分でした。やっぱり長いです。他の劇場は大体10分前後ほどなので。というわけで、予告が始まってから15分後の10時20分に本編が開始されました。初日と言いつつも、私は3回目の鑑賞となりますが、3回目になると、ストーリーもかなり頭の中に入ってきます。この頃に、ゴロネスキー内閣の6人の大臣の名前も覚えるようになりました。

約70分後の歴代のおねいさんのシーンでは、改めてレモンの姿を確認しました。『黄金のスパイ大作戦』のラストの金髪碧眼の姿で、服装もラストのものになっていますね。茶髪のスパイスーツではなく、最後のシーンの姿で登場しているという辺りで、増井監督のこだわりのようなものが垣間見られる気がします。12時10分、映画が終了しました。



舞台挨拶

この後は舞台挨拶ということで、マスコミ関係者や劇場のスタッフが準備に取りかかります。12時15分頃、司会が登場しました。司会は、今までならテレビ朝日のアナウンサー(女性)だったのですが、今年は3月25日の試写会の時の司会と同じ、ハトリシンこと羽鳥慎一氏(男性)です。

まずは例によって撮影禁止の旨が告げられ、17分、アイキャッチの音楽が流れて(着ぐるみの)しんのすけがひまわり(の人形)と一緒に出てきました。しんのすけは、羽鳥のしんちゃんが司会をやることについて、テレ朝の美人のおねいさんがくるかと思っていたと言っていました。羽鳥氏は同じしんちゃんつながりだけで来たとのことです。19分、全国に奥様方のファンを持つ(爆)ひろしと春日部が生んだカリスマ主婦(爆)みさえ(の着ぐるみ)とひろしに抱かれた(ぬいぐるみの)シロが登場です。

その後、『オラと宇宙のプリンセス』に出演した田中直樹(ココリコ)、遠藤章造(ココリコ)、藤井隆、土田晃之各氏の4人と同作品の主題歌を唄った渡り廊下走り隊7のメンバーの7人、ではなく6人も登場しました。渡り廊下走り隊のメンバーで渡辺麻友氏が体調不良で欠席したのだそうです。

なお、渡り廊下走り隊は平嶋夏海氏が脱退し、代わりに浦野一美氏が入りました。浦野氏は2007年の『ケツだけ爆弾』の時にも参加されており、個人的には嬉しいことでもありました。それにしても、AKBの知名度もあの頃とは比べ物にならないくらい上がりましたね。

そして、声優さんも登場されました。変な声を出して20年の矢島晶子女史、「コラーッ! しんのすけ!」と怒り続けて20年のならはしみき氏、「足臭いんですか?」と言われて20年、だけど実は無臭、でも実は酒臭い?藤原啓治氏、今回の映画で大活躍したひまわりとの年齢差が年々開いていく一方のこおろぎさとみ氏です。藤原さんとは、約12時間ぶりの再会となりました。

舞台に上がった方々の間で色々と会話なされましたが、今回の舞台挨拶は20周年ということで20人が舞台に上がるという豪華なものになりました。この「20名」の中には、シロさんも含まれています。シロさんだって家族ですからNE!12時40分、舞台挨拶での出演者が退場し、記念撮影の準備が始まりました。

今回も3月の試写会と同じく、観客席の側で撮影が行われました。そして、もらったしんちゃんのお面を付けて、しんちゃんの顔になった観客全員を背景に撮影が行われまして、さらに「2」と「0」のパネルも掲げられました。これも、3月の試写会と同じです。それで、私たちの席の列の1つ前の列に「2」と「0」の大きなパネルが置かれていました。

Mr.Kさんの席が「2」と「0」のちょうど間でした。撮影では、手を振ってくださいと言われて、左手でお面をおさえて右手で手を振りました。12時48分、記念撮影が終わりました。そして、片付けも終わって12時50分に舞台挨拶が終了しました。

劇場を出る際、水橋ホトリさんはいるかしらと思い、周囲を見ながら出口に向かっていると、出口の付近で水橋さんと再会しました。Mr.Kさんにとっては2009年の公開初日以来の再会だったようです。

その後、600円の紙質の良いパンフレットをMr.Kさんと購入し、エレベーターで有楽町マリオンの1階へ降りました。そして、有楽町駅前まで私とMr.Kさんと水橋さんの3人で歩き、用事がある水橋さんはそこでお別れとなりました。「良いオヒマを〜」ということで、水橋さんと別れた後、私とMr.Kさんは東京駅へ向かいました。



栃木へ

私たちは、映画の後に栃木県の那須ハイランドパークで開催されている「クレヨンしんちゃんワールド」に行くことを事前に打ち合せしており、東京駅へ向かいました。なお、このイベントは3月17日から6月10日にかけて開催されていました。13時9分に山手線で有楽町駅を出て、11分に東京駅に到着しました。そして、新幹線のホームへ向かいました。

20番線から13時20分発のなすの259号郡山行きに乗れるか不安でしたが、問題無く乗れることとなりました。なお、新幹線の切符は既に有楽町駅で購入しており、新幹線のホームでの乗り換えもスムーズに行きました。昨年みたいに、Mr.Kさんと一時的にはぐれるようなことはありませんでした。

13時14分には新幹線のホームに上がっており、目の前にはE5系の車両が停止していました。私たちは駅弁を購入して、新幹線の中に入りました。私は窓際の6-Eに、Mr.Kさんは通路側の6-Dに座りました。新幹線が発車すると、私たちは駅弁(私は800円の鳥めし弁当)を食べて、映画のパンフレットを開いて今回の映画の事や、「クレヨンしんちゃん分析録」の内容や「スカシペスタンってどんな国?」についてなど、色々な事をお話しました。

それにしても、パンフレットで気付いたのですが、ゴロネスキーの内閣の6人の閣僚たちは、それぞれ惑星(と衛星)に基づいたキャラクターだったのですね。また、前述したように、増井監督が『温泉わくわく』が好きであることや、「母ちゃんと父ちゃんの過去だゾ」(1999年9月10日放送)が『オトナ帝国』を生み出すきっかけになったという話もしました。

さらに、これも前述しましたが、『宇宙のプリンセス』では歴代おねいさんが登場しますが、私が自分が一番好きなおねいさんキャラはレモンだと言うと、Mr.Kさんはちょっと驚いていましたね。まだ7歳ですよというような返事をもらいましたが、いやそういう変な感情を持っているわけではないです。

14時37分、那須塩原駅に到着して下車しましたが、ホームを歩いていて、私は「アッ」と気付きました。実は、前の晩とその日にもらったしんのすけのお面を入れた紙袋を、新幹線の中では上の棚に置いていたのですが、忘れていたのです。

私は、試写会でもらったやつが一つあるし、諦めようかとも思いましたが、まだしばらく停車しているようだと分かり、ダッシュして取りに戻りました。紙袋を取って無事に新幹線から出てこられました。新幹線は私たちがホームから降りてしばらくしてから発車しました。いやはや、「社会見学に行くゾ」(1994年3月8日放送)のよしなが先生みたいにならず、助かったです。

さて、改札を出て、どうやって那須ハイランドパークまで行くかをMr.Kさんと相談しました。というのは、黒磯駅からバスで行く予定だったのですが、そのバスの発車時間が分からなかったのです。那須塩原駅からタクシーで行くことも検討しました。そこで、私がスマートフォンで調べたところ、15時20分に黒磯駅から発車するバスがあることが分かったので、14時59分発の在来線列車で黒磯駅へ向かいました。

15時5分に黒磯駅に到着すると、バス停がどこかを探し、バスの発車場を確認しました。それで、荷物がかなりあったので、私たちはコインロッカーを使うことにし、100円硬貨しか使えない300円のロッカーを、私は200円払いMr.Kさんは100円払い、私はMr.Kさんから50円もらい、折半することにしました。バス停に戻ると、発車予定のバスの運転手によると、少し離れたところにある営業所で切符を買うように言われました。

片道は1100円、往復では2000円とちょっとお得になります。15時20分に発車するバスは那須ハイランドパークに16時15分に到着します。そして、那須ハイランドパークは17時まで営業しており、那須ハイランドパークから黒磯へ行く最終のバスは17時5分とのことで、そのスケジュール通りでいこうとなり、往復分の切符を買いました。

乗り込んだバスの中では、私とMr.Kさん以外では乗客は一人だけで、途中からまた一人乗りましたが、どちらも那須ハイランドパークに着く前に降りたので、那須ハイランドパークでは私たちだけとなりました。私は自分のスマートフォンで「分析録」などの記事を見せて色々話していましたが、私もMr.Kさんも車酔いがひどくなってきて、途中で半分寝た状態になりました。



クレしんワールド

16時15分、那須ハイランドパークに到着しました。私たちは入場料の750円を払い、中に入りました。なんだか、セントレジャー城島高原パークとよく似た雰囲気でしたね。昨年の同じ頃、大分県のセントレジャー城島高原パークでも「クレヨンしんちゃんワールド」というのが開催されており、私もMr.Kさんも5月に訪れています。ただし、一緒ではなく別々ではありますが。この時は遊園地の入場料とは別に、『クレしん』の展示館にも入場料を支払う必要がありましたが、今回は無料で入れました。

昨年は多くの人でごった返していましたが、今回は雨が降っていたこともあってか、非常に閑散としていました。「クレヨンしんちゃんワールド」の中も、お客さんは私たち以外に誰もいませんでしたが、『クレヨンしんちゃん』一色の世界で、クイズや海外の単行本、スタンプーコーナー、原作の複製の原画などが展示されていまして、ファンにはたまらないでしょう。とは言っても、昨年と非常によく似たつくりだったので、あまり新鮮味はありませんでした。

私は、後日にまた来て半日かけて見ようかと思っていましたが、1時間にも満たないこの見学だけで十分だと思いました。実際、後日行くことはありませんでした。見学を楽しんだ後、買い物をして出ることになりました。時間は既に16時50分を過ぎており、閉館の時間が近づいていますので、入り口前のトイレに入ってから、那須ハイランドパークを出ることにしました。

ところで、私たちが那須ハイランドパークの出口に向かっている途中、二人のお子様とそのお父さんさしき人とすれ違いましたが、これから「クレヨンしんちゃんワールド」に行こうとしていたようです。閉園まで数分だったのですが、楽しめたのでしょうかね。

さて、那須ハイランドパークを出たあと、17時5分のバスに乗って黒磯駅へ向かいました。行きに車酔いになったことから、帰りは静かにしようということになりましたが、私はまたしても車酔いになりました。とにかくバスが揺れるので、気持ち悪くなるのですね。Mr.Kさんは寝ておられましたが。

18時に黒磯駅到着、コインロッカーの中から荷物を取り出すと、切符を買います。私は、自分の自宅の最寄駅までの分の切符を、Mr.Kさんは上野駅までの切符を買いました。行きは新幹線を使いましたが、帰りはMr.Kさんがこの後乗る予定の寝台特急おたけび007号の元ネタでる「あけぼの」の発車まで十分時間があるとのことですので、在来線で行くことにしました。

それにしても、駅の案内を見ると、「福島」の表示があってずいぶん遠くまで来てしまったと思う一方、原発は決して遠くないところにあるのだとも思ったりして、なんか複雑な気分にとらわれました。18時10分発に宇都宮行きの電車に乗り、宇都宮駅で上野行きの電車に乗り換えました。この電車の中で、私はMr.Kさんに2007年頃にネットオークションで落札した、1993年頃の発行された『クレヨンしんちゃん』のカード数十枚をお見せしたり、「フィナンシャルジャパン」の『クレしん』の特集記事をお見せするなどして、最後の楽しい時間を過ごしました。

20時25分、大宮駅に到着しました。私の最寄駅に乗り換えるため、私は大宮駅で降りることとなり、Mr.Kさんとお分かれることとなりました。もし、体力が続けば上野まで行って、Mr.Kさんを見送っても良かったかもしれませんが、24時間近く(間に睡眠約4時間)動き回っていたので、体力的に持ちませんでした。というわけで、ここでお別れということになりました。

その後、私は帰路につき、Mr.Kさんは引き続き旅行を楽しまれて、大阪に戻りました。なお、後日にMr.Kさんが映画のチケット代1200円を支払っていなかったという謝罪のメールが届きました。再会した時にお支払いしますということになりました。またお会いできるのを楽しみにしています。なお、私の20周年記念作品の鑑賞は後日も続きました。




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