オフ会レポート12(大阪小唄)


※当ページは「大阪オフ会2008速報」と併読されることをお勧めいたします。

内容目録

優柔用意

各駅停車

万博御縁

映画歓笑

迂回縦断

竜頭蛇尾

天空散歩

帰路終曲





優柔用意

2008年5月4日、私は大阪へ行ってきました。「クレヨンしんちゃん的ページ」の管理人Mr.Kさん主催のオフ会に参加するためです。ただ、そうは言っても参加者は私一人だけだったので、私とMr.Kさんのみの、4月19日の公開初日のオフ会と同じ状況となったわけです。大きく異なるのは舞台が関東から関西になったくらい。

そういうわけで、私は5月4日のオフ会に備えて、事前に大阪までどうやって行こうか考えていましたが、優柔不断でいたのが災いして(具体的な日取りがなかなか決まらなかったのもありますが)前日になってようやく行きは新幹線、帰りは夜行バスで行こうと決めて、早速買おうとしました。

新幹線は、どうせならのんびり行こうということにし、新幹線の各駅停車とも言えるこだま号に乗ることにしました。私はテツというほどではないですが、新幹線を嫌がるテツでもこだまは味があるということですので(野田隆『テツはこう乗る』(光文社)より)。

本当なら、こだまに乗るならプラットこだまを買おうとも考えていましたが、もう時間が無く、プラットこだまで切符がとれる保障も無かったので断念しました。私がこだま号の切符を買った時はまだ席が残っていましたが、残念ながら窓際はとれませんでした。しかし、それでも景色はどうにか楽しめるだろうと思っていました。



各駅停車

5月4日、私は4時45分頃に目が覚めましたが、昨夜は2時近くになってようやく眠れたという状態で、睡眠時間が3時間もありませんでした。しかも、眠れないことから寝酒もやっていたため、顔がいまだに火照っていました。これって、2年前のスタンプラリーと同じ状況だったりします。私はオレンジジュースを飲んで、日記に「いざ!大阪!」を書き、5時半過ぎに家を出ました。

6時28分に東京駅に到着しました。私が乗る新幹線は6時56分発のこだま533号で、車両はもはや絶滅危惧種の300系です。6時56分に東京を出て、10時53分に新大阪着なので実に4時間に亘る(新幹線にしては)長旅となるわけです。駅のホームで私は朝食のお茶とお弁当を買い、さっそく車内へ入ります。

しかし、車内で損した気分を味わいました。というのは、車内はガラガラで、自由席に見に行ったところ、そこもまたガラガラだったからです。これなら、自由席にすれば良かったと後悔しましたが、2年前のスタンプラリーオフ会で自由席の争奪戦を繰り広げたため、どうしてもその時の事が気にかかっていたので。ゴールデンウィークなので、2年前のお盆以上に混むとも思っていたりもしたわけで。しかも、私の席は3列シートの通路なので、最も窓際から遠ざかってもいます。

これだけ窓際に執着したのは、実は私は各駅のホームの写真を撮りたいという思いがあったからです。そういうわけで、窓越しで取ろうと思っていたのですが、こうなったら駅に着くたびにドアの出入り口で撮影してくれると思いました。そっち方が良い写真も撮れるだろうと思いましたし。

6時56分、東京駅を出発しました。

7時4分、品川駅に到着しました。ここで乗客がいくらか乗ってきましたが、それほどでもありませんでした。

7時16分、新横浜駅に到着しました。新横浜駅ではかなりの乗客が乗ってきて、私の乗っていた11号車の座席もほとんど埋まりましたが、どういうわけか私の左隣の2席(右は通路)は空いた状態でした。他は埋まっていて、こちらは空いているとは、3席を独占できるという優越感と、何となく自分だけ仲間外れになっているのではという疎外感が混じり合うという複雑な気持ちになりました。

7時32分、小田原駅に到着しました。

小田原駅を出てすぐ、7時34分から朝食のお弁当を食べ始め、7時45分には食べ終えました。

7時45分、熱海駅に到着しました。熱海駅と言えば「ヤキニクロード」でお馴染みですが、私は中学3年の夏に旅行したことがあり、二重の意味で思い入れのある街です。というわけで、停車時間が1分ほどあったので、ちょっとホームから出たりもしました。熱海駅のホームに降り立つのは実に9年ぶりです。突然ドアが閉まって置いて行かれるの恐れたため、ほんの数秒程度でしたが。

7時54分、三島駅に到着しました。この三島駅に到着すると、到着する直前から、それまで曇っていた天候は晴れ始めました。

8時8分、新富士駅に到着しました。この辺りで富士山の撮影がしたかったのですが、相変わらず見つけられませんでした。私は東海道新幹線には何度か乗っていますが、まだ富士山を車内から見たことがありません。富士山をバックに走行する新幹線の写真は非常に有名なのですがね。

8時24分、静岡駅に到着しました。さて、この間に、新横浜駅で混みだした車内もそれ以降の駅で乗客が次々と降りて行き、車内は再び空いていきました。しかし、静岡駅に到着すると、多くの乗客が載って来て、再び混みだしました。こうして、各駅における乗客の乗降数を見るのも面白いものです。

8時41分、掛川駅に到着しました。

8時52分、浜松駅に到着しました。浜松駅で乗ってきた中年男性が5列目A席を、つまり私の席から一つまたいで左隣りに座ったわけです。それまで私は荷物を中央のB席に置いていましたが、厚かましい感じもしたので、荷物を下におろしました。

ところで、私は車内で留学対策のためにTOEFLの参考書などを開いていましたが、昨夜あまり眠っていなかったこともあり、この浜松駅あたりで眠くなってきて、眠りだしました。しかし、列車が停車するとハッと起きだして、カメラを持ってデッキのドアまで行って撮影、という奇怪な事をやっていました。酔っ払って寝ていても降りる駅に着くと、もしくはホームで寝ていても最終電車が来ると、どういうわけだかハッと目が覚めるというのに似ているかもしれません。しかし、他の乗客が私を見て、何をやってるんだ、うわ〜テツだよ、とか思われていたかも?でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!てね。

9時11分、豊橋駅に到着しました。

9時31分、三河安城駅に到着しました。5列目A席の男性はこの駅で下車しました。

9時45分、名古屋駅に到着しました。この名古屋駅で乗ってきたアベックが、私の隣に座ってきました。中央のB席は男性が、窓際のC席は女性が座りました。私の偏見でしょうが、浜松〜三河安城間で座っていた男性の外見にあまり良い印象を持っていなかった私は、このアベックに非常に良い印象を抱き、気分が良くなりました。

9時59分、岐阜羽島駅に到着しました。

10時15分、米原駅に到着しました。琵琶湖が近い駅ですね。さらに、数年後にはこの次のに南びわ湖駅というのが来る予定だったそうですが、計画はオシャカとなったとのことで。まあ、たぶんないでしょうけど、いつかできたら冷やかしにでも行ってみますかね。

10時37分、京都駅に到着しました。ここでも大勢の乗客が降りていました。

10時53分、新大阪駅に到着しました。私は隣のアベックと一緒に降りました。



万博御縁

新大阪駅到着後、とりあえず私は土産売り場で大阪のまりもっこりのたこやきもっこりを買い、一旦改札出て、大阪(というより関西)記念ということで、私は西のSUICAであるICOCAを購入しました。

その後、私は11時9分頃に大阪市営御堂筋線に乗って、千里中央駅に向かいました。途中、道路と並んで走っていたのですが、その道路見ると何だか筒井康隆の「東海道戦争」を思い出したりもしました。ところで、私はこの時、万博記念公園に向かっていました。3年前の大阪オフ会でも行ったのですが、クレしんと縁浅からぬバンパクちゃんですので、また行くことにしました。

さて、20分過ぎに千里中央駅に到着した後、11時25分にモノレールに乗り換えました。それにしても、3年前にも思いましたが、この駅のモノレール乗り場って分かりにくいのですね。ちなみに、少し迷いかけた私は25分発のには乗れないかなと思いましたが、ギリギリで乗りました。まあ、乗り損ねても5分後に次のが来るのですがね。

30分、万博記念公園駅に到着しました。駅を出た後、エキスポランドを見て、あの忌まわしい事故を思い出しつつ、記念公園に向かい、入口前でチケットを購入しました。

記念公園に入る前もそうだったのですが、公園内は観光客でごった返していました。太陽の塔の前では写真を撮る人も大勢降り、私もその中に埋没して写真を撮っていました。

3年前は左の道を歩いたので、今回は右の道を歩いて太陽の塔に近づきました。太陽の塔の前に来て、今度は裏側に回りました。なんだか、月の裏側を見ているような気分ですね。

12時頃になり、私は日本庭園には行ってみました。日本庭園までは行ったことがなかったので。たた、日本庭園は良かったのですが、この日の昼間は30度近くもあり、かなり暑い思いをし、歩くのが少し辛くなったりもしました。ところで、万博記念公園を歩いている最中、色々サイトに載せるネタが思いついて、どう具体的に載せようか考えていました。こういう場でサイトの事を色々考えて、実際タイプする時にはあまり考えないのですね。

2時20分頃、私は日本庭園を出ました。12時51分発のモノレールに乗る予定でいたので、広大な記念公園を出る時間も考えて、30分前には出て行こうということにしたのです。太陽の塔を裏から進んで、近くで見上げてから、記念公園の入り口に戻りました。この時は昼食時で、まだ時間もあったということもあり、近くの売店でフランクフルトを買って食べました。さらに、土産屋で私は太陽の塔のクリアファイルと「金のウンコ」を買いました。なお、この時私は胸ポケットに3年前に買った太陽の塔のストラップを入れていたのですが、同じものが売っていて喜んだりしました。

51分に記念公園を出た後、12時51分発のモノレールで、私は万博記念公園駅を出ました。12時56分に千里中央駅に戻り、13時3分発の御堂筋線で梅田へ向かいました。およそ20分後に梅田に着いた時、私は3年前の出来事を思い出しました。今回と同じように梅田駅に降りた時、ハンカチをなくしてしまったわけで、今回は何もなくすことは無いだろうと思っていました。



映画歓笑

さて、TOHOシネマズ梅田へ行き、TOHO CINEMAS梅田(旧ナビオTOHO PLEX)8階に向かいました。冒頭でも書いたように、「クレヨンしんちゃん的ページ」管理人のMr.Kさんとのオフ会に参加するためです。と言っても、参加者は私だけだったのですがね。

13時40分に集合ということで、13時半頃に到着し、私はMr.Kさんが来るまでグッズの売り場を見ていましたが、クレしんのグッズが一つもありませんでした。一体どういうことなのか、不思議に思ってエレベーターの前に戻って、2週間ぶりにMr.Kさんと再会しました。

今回は参加者が他にいないので、他の誰かを待つということもなく、さっそく劇場へ、という事になったわけですが、今年はこの8階では上映されず、どうもそこから少し離れた別の建物で上映されるとのことで、エレベーターで降りてそちらへ移動です。

「金矛の勇者」が上映される劇場のシアター9が入っている建物へ行って、階段を上ると受付がありました。私たちは受付のおねいさんから14時20分からの回のチケットを買い、ついでにおねいさんとケータイの番号とメルアドを交換して、開場を待ちました。

ところで、開場まで先ほどまで万博記念公園に行った事などを話しましたが、太陽の塔のストラップや「金のウンコ」などを見せようとしましたが、どこかへ行ってしまいました。胸ポケット、もしくは鞄の中のどちらかに入れたはずなのですが見つかりません。私は探しまくりましたが、やはり見つからず、どうも紛失してしまったそうです。3年前の時と言い、万博記念公園から梅田に行くと、必ず何かを失くすというジンクスでもあるのでしょうかね。ちなみに、これを書いている6月13日18時29分現在でも、見つかっていません。

まあ、どこかにあるだろうとこの時は思いつつ、13時55分に開場となり、入場しました。席はO-17(Mr.KさんはO-16)で一番後ろです。先ほどチケットを買う際、かなり前の席か一番後ろでしか空いていないとのことで、2週間前ではかなり前に座ったので、今回は一番後ろということにしたわけです。中に入ると9割位の席が埋まっており、さすがゴールデンウィーク、その盛況ぶりに安心しました。今年の作品はどうも不振なのではという嫌な予感を感じていたので。しかし、実際に不振である事が的中してしまうのですから、刹那の喜びであったわけで・・・。

よく考えたら、例年のしんちゃんの映画は、梅田では400席以上の劇場で上映されていたのですが、ここでは260席程度です。さらに、3年前は満席になっていたのに、今年は満席近くではあっても、満席ではないのですね。やはり、ここでも「金矛の勇者」は不振だったのでしょうか。

さて、一旦席に着いた後、私は飲み物を買いに行きました。しかし、売り場では列が出来ており、遅々として進まなず、時間ばかりが流れます。まったく、映画館の売り場って時間がかかるから嫌なのですね。そんなんで、よくもまあ「劇場内では当館以外で購入された飲食物の持ち込みは禁止です」なんてヌケヌケと言えたものだ。もっとも、劇場もこういう点に負い目を感じているでしょうね。だって、劇場で持ち込みをしている観客を注意した光景って見たことがないですもの。まあ、私が見たことないだけなのかもしれませんが。

14時20分近くになって、やっとウーロン茶を購入して劇場へ戻りました。14時10分には既に暗くなって予告編が始まっていたようで、私が到着して間もなく、14時22分に上映が開始されました。私にとっては5回目、Mr.Kさんにとっては2回目の鑑賞となります。

アクション仮面が微分積分を講義するシーンでも、それなりに笑い声が起こっていましたが、わたしにとっても相当おかしい場面でしたね、あれは。また、プリリンを倒した(自滅?)直後の、落ちゆくひろしの顔と野原一家のリアル顔もウケていました。この作品の笑いの定番となっていますしね。

15時55分に映画が終了しました。逆算すると、約12分予告が流れたわけです。



迂回縦断

この後、どこへ行こうかということになり、私は今年の7月で閉店されることが決まった道頓堀の「くいだおれ」に行ってみたかったため、そちらへ行くことになっていました。そういうわけで、難波へ行くために大阪駅へ行きました。さて、大阪から難波へ行くのに、JRで行くか地下鉄(私鉄)で行くか、とにします。梅田からの移動ということで、JRで行くか地下鉄で行くかの選択となります。時間は比較的余裕があったので、多少時間がかかるものの安いJRで行くことにしました。

ちなみに、JRは190円、地下鉄は230円で、地下鉄は大阪市内を横断するのに対してJRは一番早く行ける環状線でも迂回していくため、地下鉄のの方が時間の節約となるわけです。時間を取るか、金を取るかという点で、まあ道理にかなっていると言いますか。

ICOCAのお金が少なくなっていたので、私はお金をチャージしに行きました。ちなみに、初日舞台挨拶のオフ会で、Mr.Kさんは関東訪問記念としてSUICAを購入され、普段はICOCAを定期として使用されているとのことなので、Mr.KさんのSUICAは真新しくてきれいで、ICOCAは汚れています。。一方、私は関西訪問記念としてICOCAを購入し、普段はSUICAを定期として使用しているので、私のICOCAは真新しくてきれいで、SUICAは汚れています。全く正反対なのが面白いです。

さて、私がチャージしている間、Mr.Kさんは妙案を思いついたようです。それは、まだ完成して間もないという「おおさか東線」に乗って、プチ大回り乗車で行こうということになりました。詳しいルートはMr.Kさんのサイトに掲載されているこちらの地図をご覧ください。

そういうわけで、16時22分に環状線で大阪駅を出て、京橋駅から放出駅へ行きました。この放出駅は「はなてん」と言い、なかなか珍妙な読みをする駅ですが、どちらも(一応)訓読みなので、日本語的にはあっていますね(「贋作」を「がんさく」ではなく「にせさく」と読むなど、漢字の熟語を音読みと訓読みを混同させて読むのはルール違反です。まあ、最近はかなり許容されてきていますが、本来は誤りなのですね)。

放出駅から「おおさか東線」に乗り、久宝寺駅に向かいました。この間、私は座談会でも話題が尽きないようにと持ってきたあるものを出しました。クレヨンしんちゃん研究所日記(旧名クレヨンしんちゃん研究所管理人チョルスのブログ)で、私が今まで書いてきた文章のうち、個人的に特に気に入っているのを選んで、それをプリントアウトしてきたのです。記事は、「ゲッピィ〜ン ちんぴょろすぴょぉ〜ん」、「体質のブルース」、「オトコとオンナ」、「ジャングル族の支度」です。それと、4月に掲載したテレビアニメの感想の一部も持ってきていました。「4年に一度の放送日」と「チョルスちゃんのモウソウだゾ(その70)」です。

久宝寺駅からJR難波駅に行くべく、関西本線に乗り換えました。JR難波(ひらがなでは「じぇいあーるなんば」)駅に到着した後、私たちは道頓堀のある方向を、私が浦和の中央図書館から借りてきていた大阪のガイドブックの地図を頼りに歩きました。

そして、いよいよ道頓堀が見えてきました。私にとっては3年ぶりとなります。とにかく、日本橋に向かって道頓堀沿いの歓楽街を歩いて行きました。途中で橋を横に見つけるたびに、あるものが無いか、Mr.Kさんと道頓堀の上に立ちました。そのあるものとは、グリコの看板です。やはり、こちらも大阪名物ですので。

そして、これまた3年ぶりとなるグリコの看板と再開です。3年前は何かの工事で橋の所に網がかかっていたのですが、今は撤去されていたので、よく見えました、ただ、人が多いのが少し困りましたが。



竜頭蛇尾

二村定一の「浪花小唄(道頓堀夜景)」でもお馴染みの道頓堀を歩いてグリコを見物したのち、今回の大阪オフ会で私がぜひとも行きたかったところに行きました。今年7月に閉店となる「くいだおれ」です。

ただでさえ、通りでは歩くのもままならないというのに、「くいだおれ」の前では大勢の人がわんさかと押し寄せていました。皆さんケータイのカメラやデジカメで撮影しており、「くいだおれ人形」が目的のようです。私も何枚か撮影しました。それにしても、本当にすごい人で、3年前に訪れた時は特に人だかりなど出来ていませんでした。

しかし、この大勢の人々は、あくまでも「くいだおれ人形」の鑑賞および撮影が目的であって、それ以上に踏み込む意志は無いのですね。この時、私はすぐ近くにいた中年男性が「これじゃあ、閉店する必要ないんじゃないか」と言っていましたが、それは違います。これからその事を書きます。

時間は17時50分を過ぎており、夕食の時間には早すぎる時間でもありませんでした。私はこの「くいだおれ」でぜひ一度食事をしてみたかったため、Mr.Kさんにお願いして、店に入ることにしました。しかし、私はおそらく何時間も待たされるのだろうなと思い、その時はあきらめようと思っていました。つまり、無理だろうと覚悟していました。しかし、訊いてみると30分待ちと意外に短い待ち時間なので、私たちは待つことにしました。30分も待てばちょうど夕食時ですし、30分も立ち話ができるほどのネタを色々用意していましたし。

ここで待っている間、私とMr.Kさんは去年のオフ会で私が利用した寝台列車の急行「銀河」について話しました。「銀河」は今年(2008年)の3月、私がカナダにいる間に廃止となってしまいましたが、2006年のスタンプラリーオフ会で利用しようとしたものの、お盆ということも切符が取れなかったというくらいの人気車両で、なかなかのスグレモノなのですね。何たって、最終の新大阪行きの新幹線の後に発車し、始発の新幹線の前に到着するというところも魅力で、廃止する事はなかったのでは、車両の老朽化なら、車両を新規に造りなおせば良い、それで1本だけでなく数本も出せば良い、銀河の人気ならそれでも採算が取れるはずといった事を私は言いました。

これに対してMr.Kさん、銀河は東日本、東海、西日本のJR3社にまたがっていて、特に東海は新幹線しか眼中に無い、結局「銀河」などおそらくどうでも良いとみなしていると思われる東海による圧力があったのではないかとのことでした。私はこの話に少々悔しさを抱きつつも納豆食う(納得)し、後日親戚の集まりの際、いとこなどにこの話を力説しました。みなさん思いっきり引いておりました。ああ、悲しい…。

そういう話をしていると、入口付近の席が空いたとのことなので、私とMr.Kさんは予想より全然早く席に着けました。30分待ちというのが、実際には5分待ちとなったわけです。何でこんなギャップが生じたのか。まあ、私たちが二人だけという少人数である事も一因なのかもしれません。

席に着いた後、私はいかにもこの「くいだおれ」らしいメニューを頼むことにしました。 「エビ&サーロイン」と「ライス大盛」です。Mr.Kさんはカツ丼うどんを頼みました。私のは分量が多かったため、ペースを上げて早食いをしました。ここで、私は食べながらなぜ「くいだおれ」が閉店に追い込まれるほど経営不振に陥ったかを考えていました。メニューを見たり、実際に食べたりして分かったのですが、メニューの内容が凡庸すぎるのです。言葉は良くないですが、20年前のファミリーレストランといった感じです。今のファミレスは競争の激化のせいか、メニューの多様化が著しいですが、「くいだおれ」はそういう事をあまりやってこなかったと思えます。

味にしても、決して不味いことがありませんが、だからといって極上の美味さかというとそんなことは全然ありません。これまた凡庸な味なのです。つまり、「くいだおれ」はネームバリューや「くいだおれ人形」の上にあぐらをかいた結果、飲食産業から取り残されていた、逆に言えばもっと早くに閉店してもおかしくなかった飲食店なのに、知名度のおかげで今までやってこれたとも言えそうです。「くいだおれ」にしかない、アッと驚くような料理の研究や開発にでも取り組んでいれば、閉店することは無かっただろうに。まあ、そんな事を考えていました。

ところで、私は早食いをしたせいか、かなりのカロリーを摂取したのにもかかわらずあまり満腹感がありません。これ以上食べたらメタボになっちゃう〜、などと思いながらも、Mr.Kさんに関西のうどんを勧められたこともあり、ミニうどんを追加注文しました。まあ、昼間にさんざん歩いて、昼食はフランクフルト1本だけでしたから、こいつをおつやとして考え、ここでの食事を昼と夜の分とみなせば、カロリーの摂取量は万博記念公園で歩いた消費分もありますので、実質上は大して摂取してないはずだとムリヤリ自分に言い聞かせて、ミニうどんもいただきました。

関西のうどんですが、去年のオフ会でも、私は神戸で立ち食いそばを食べましたが、チェーン店らしきところだったせいか、あまり薄いとは感じず、関東と大差が無いような印象を受けました。そんなわけで、ここでようやく関西のうどんの本格的な2度目の体験となりました。そう、初めてではないのです。ずいぶん昔ですが、家族で東南アジアへ旅行に行ったことがあり、最初にヴェトナムのホーチミンへ行くつもりで、成田からでは直行便が無いため、羽田から直行便のある関西空港に来た際、空港のレストランで私は初めて関西をうどんを食べたのですね。私の母はやっぱり薄いと言っていましたが、当時の私は関西のうどんの事はよく知らず、特に感動も印象も無いままに食べていました。

ところで、Mr.Kさんによれば関西のうどんは「かけ」でも天かすとネギは常に入っているとのことです。このあたりで、関東のうどんに対して軍配が上がりそうな感じですかね。また、ダシの取り方も関東を異なるのが興味深いです。同じ国でも文化は異なるわけで。そういえば、静岡の大井川を越えると、うどんの味が変わるといわれています。

その後、しばらく店の中で座談会しました。私は例の感想の一部を出していましたが、まあ下ネタ、しかも排泄物も取り扱っているというタチの悪いもので、私たちはすでに食べ終えたから良いものの、隣の客に聞かれやしないかとMr.Kさんは少し心配していましたが、まあご迷惑をおかけしましたね。

具体的にどんなものかというと、前述した「4年に一度の放送日」と「チョルスちゃんのモウソウだゾ(その70)」のもので、

「4年に〜」では

「あ〜れ〜」
「よいではないか〜、ひひひひひひ」
「あ AH,AHAAAAHAAA,EEEEEEEEEEEK」
「ほほほ、かわゆいものよのう、おおお、ぐへへへへへへへ」
「A,AHAAAAAHAHAHA.OH!OH!OH!OH!OH!OH!」
「UUHHHHUHHHHUH.OHOOOH,EEEEEE」

って、あたしゃ何を妄想してるんだ!小さい頃からクレしんを見続けていた男がこんなんだから、今もクレしんは子供に見せたくない番組なんでしょうかね。でも気にしないもーん、いーもーんだ、みのもーんた、けけけけけけけ。

「チョルスちゃんの〜」では

ちなみに、男が特定の女を本当に好きでいるか否かを確認する場合、その女が大便する姿を想像してみると良いです。自分が好きだと思っているその女の肛門から、茶色でぶっとく、きつい臭いのこもったウンコをブリブリと出産するシーンを想像して、興奮してしまって今すぐに性欲を排出せずにはいられない、せーよくだいばくはちゅーな状態になれば、男はその女が本気で好きなのです。想像して何とも思わなければ、男はその女など好きでも何でもないことが分かります。いやあ、実に良い方法ですね。

という箇所です。まあ、これじゃあねえ・・・。

さて、店に入って1時間半近くも経った、19時半頃になって、私たちはようやく店を出ました。店を出る際、私とMr.Kさんは割りばし袋を記念に持っていきました。代金はMr.Kさんが全額払ってくれて、後で私が自分の分をMr.Kさんにお渡ししました。



天空散歩

この後に行くところですが、「くいだおれ」の中でも相談したのですが、私はガイドブックに載っていた梅田スカイビルにある空中庭園に行ってみたいと思っていたので、そこへ行くことになりました。また、私の帰りの夜行バスは23時に梅田初なので、いずれにせよ梅田に戻ることになっていました。

とりあえずどの駅に行くにしても、道頓堀をもう少し歩かねばなりません。そこへ、Mr.Kさんが靴を買っておきたいとのことなので、靴屋を歩いて探すことになりました。あちらこちらを回り、ようやく一軒の靴屋を見つけ、購入されていました。その後、私たちはあちらこちらを私たちが降り立った難波駅に近づいた時、クレしんの映画を上映しているシネコンを見つけました。とは言っても、この時の時刻では既に遅かったですが。

そういうわけで、私たちは難波から地下鉄に乗って、梅田に戻りました。20時分、梅田駅に到着すると、さっそくスカイタワーへ向かいますが、スカイタワーは大阪駅(梅田駅)から非常に近いものの、かなり遠回りをするのですね。

私たちは大阪駅から去年のオフ会でも訪れたヨドバシカメラの梅田店の横を通り、スカイタワーへ向かいました。スカイタワーに向かう際、私は「金矛の勇者」のダークについて話しまいた。ダークはしんちゃんの金の矛で真っ二つにされますが、すぐに二つの肉体となります。このシーンで思ったのですが、ダークは二つの肉体を持っていて、人格は一つ、つまり一つの肉体に複数の人格を有する多重人格の逆なのですね。これは、現実にはありえない描写ですが、こういう事を思い付くスタッフは見事だ、といった事をMr.Kさんの話したわけです。なお、このダークの描写は「金矛の勇者」の考察でも、年金などと密接な関係のある、作品上非常に重要な意味を持つと考えられますが、それはいずれ映画編の方で。

さて、スカイタワーに着いた時、上を眺めると、二つのビルの間に通路がいくつも架かっていて、何だか「金矛の勇者」で、ドン・クラーイにおけるダークとマックとプリリンのいた所と似ていたので、私は映画のマネをして、「ド〜ン・クラ〜イ、ド〜ン・クラ〜イ、ド〜ン・クラ〜イ・・・」などとつぶやいていました。

中に入ると、ビルの模型があり、入口はどこかなと探して、ようやくエスカレーターで入口を発見、いよいよスカイタワーに上がりますが、入場料は大人で700円。先ほどの「くいだおれ」でかなりお金を使った私は抵抗がありましたが、自分から行くと言ったのにやっぱりやめるというのもアレなので、700円を支払って、はるか上空のスカイタワーへ、エレベーターで上りました。

エレベーターで降りた後、エスカレーターで展望台の方へ上がっていきました。スカイタワーというのは、要するにビルの屋外展望台のことなのですね。私たちは大阪の夜景を見て、ビルを回りました。あそこに大阪城が見える、あれが先ほどの梅田のTOHOシネマだ、あそこには伊丹空港がある、そういえば伊丹空港は騒音が結構問題視された、といった事を色々話しました。

また、次にオフ会ができるのは、私は留学するのでかなり先になるといったことも話しました。私はあと5年もすればまたできると言うと、Mr.Kさんは5年は長いという返事。そこで私は、今(2008年)から5年前の2003年は「ヤキニクロード」の公開時、それほど昔のことではないと思います、それに今後の5年は今までよりもさらに短く感じられるので、あっという間のはずですという、楽観的なのか悲観的なのかよく分からない事を言いました。

なお、今から5年前のこの頃、ちょうど私がクレしん関連のサイトでネットサーフィンを始めた頃で、ちょうど「クレヨンしんちゃんキャラクターのページ」さんを初めて見た時、当時まだ画像があった同サイトのトップページに「園長先生の理想の顔だゾ」の画像があったのを今でも覚えています。また「クレヨンしんちゃん的ページ」さんも同じ頃に訪れて、最初は「科学読本」を読んでいました。こういう事を話していると、Mr.Kさんが携帯版の「クレヨンしんちゃん的ページ」から「園長先生の理想の顔だゾ」の放送日を検索してくれました。すると、2003年4月26日なんだそうです。2003年の4月から見ていたわけですね。具体的な月までは覚えていなかったので。

さて、スカイタワーを1周したのち、どうせ来たのだからもう1周しようということになり、2周目も終えて、ビルの中に戻ろうという事になりました。その後、私は土産売り場で大阪のお土産を買い、エレベーターとエスカレーターでビルの1階に戻りました。



帰路終曲

その後、帰りの夜行バスの乗車地に向かいました。途中、踏切があり、「踊れアミーゴ」を思い起こさせるという話をしたり、また私の映画の考察何かを色々話したりもしました。他にも、マタが下じきになってしまうシーンでは、あれは科学的にマタの体は原子崩壊を一旦起こして再構成されたのではといった話もしました。「金矛の勇者」でドン・クラーイの人間が死ぬと、実際に原子崩壊らしき描写(無数の粒が飛び散る)がありましたし。

22時30分、夜行バスの乗車地に到着しました。、23時の発車までまだ時間があったので、バスを待ちつつ色々話をしました。試写会の時に、映画が終わるとインタビューがなされており、その一部がテレビの放送でも流れたりしていましたが、4月18日の公開前日の放送で、私の隣に座っていた女性がしんちゃん(着ぐるみ)と一緒に踊っている映像を目にして驚いたという話をしました。

すると、Mr.Kさんは私(チョルス)もインタビューを受けてくれれば、それが放映されるのではと言いました。で、私は映画の感想をインタビューで答えると、試写会の感想におけるルートヴィヒ君のような言い方をしてしまったりして、それじゃあカットになりますね、と言ったりしました。

22時50分を過ぎた頃、それまで停車していたバスが発車して、新しいバスが次々にやってきて、その中に私の乗るバスもありました。こうして、55分にまもなくバスが発車すると言われて、私はMr.Kさんと挨拶と握手を交わした後、バスに乗り込みました。

今回のバスは席が一つ一つ独立した3列シートです。3年前の大阪行きの夜行バスは4列のスタンダードだったのですが、とにかく4列ではかなりきつかったので、今回は少し奮発して3列にしたのです。

23字時発車した後、私は寝不足と疲労のため、一気に眠気が襲って来てそのまま熟睡しました。途中、サービスエリアで2度ほど目が覚めたりもしましたが、目が覚めるというより意識が現実に戻りかけたという感じで、またすぐに眠りました。

翌日の5月5日、朝の6時前に目が覚めましたが、すでに東京に入っていて、まもなく新宿に到着するんだそうです。私は新宿では降りませんが、実に都合が良い時に目が覚めるものですね。6時3分に新宿に到着し、数人の客を降ろした後、私が降りる予定の池袋へ向かいました。

6時13分、池袋に到着し、私はバスを降りました。そして、そのまま池袋駅へ行き、6時21分発の埼京線に乗り、自宅へ帰りました。なお、まだ寝足りなかったせいか、自宅へ帰っても、異様な眠気を疲労感に襲われた私は、昼過ぎまで寝ておりました。





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