オフ会レポート11(チョルスの18エイティーンだゾ)


※本文は、「特別編・父ちゃんの24だゾ」(2004年11月26日放送、DVD傑作選7-12収録)を
鑑賞してから読まれるのをお勧めいたします。
また、原作の単行本40巻(a-1)に同じ内容の話が収録されていますが、
本文は主にテレビアニメの内容を基にしています。


INHALTSVERZEICHNIS

物語は始まる

再会の作法

上映の弊害

夢と現実

裸体滑稽論

南部珍道紀行

大木の存在理由

アセアセる乗車

鉄道経済学

極楽の規準

終ケツのツケ





物語は始まる

オレの名(HN)はチョルス。一流(?)のサイト運営者。オレはその日、朝一番で大切な方とのオフ会があった。だから、午前8時までに有楽町駅へ絶対到着していなければならなかった。これは、オレが起きてからオフ会を完遂するまでの18時間を描いた、壮絶な物語である!!

というわけで2008年4月19日、「映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」の公開初日がやってきました。私はすでに試写会で観ているので、これで2回目となります。上記の大切な方とは、一昨年昨年にご一緒した同行者のクレヨンしんちゃん的ページ管理人のMr.Kさんです。

集合場所と時間は有楽町駅に午前8時でした。上映開始は8時45分で、一昨年や昨年よりもかなりゆとりを持たせています。というのは、上映開始時間が近づくと劇場前が混雑し、ギリギリではかなりあわただしくなるという経験のために、私が余裕があった方が良いと判断したためです。



再会の作法

その日、私は朝の6時前に起きて、6時半頃前に家を出ることになりました。この時間に出ると、かなり早く有楽町駅に着くのですが、万が一の時のために、余裕を持たせたわけです。

限られた時間でどうしてもしなければならないのは、着替え、ヒゲそり、トイレで大きい方、朝食、歯磨きだ。テレビ番組、「やじうまプラス」のお天気美人女性アナチェックをしながらのコーヒータイムは、あきらめよう。家から駅まで全力で走れば5分もかからないから、6時30分に出れば間に合う。(ちなみに、私がお天気美人女子アナチェックをしながらのコーヒータイムをするのはフィクション、というより妄想です。)

しかし、着替え、(簡単な)朝食、歯磨きはしましたが、ヒゲそりをトイレで大きい方はしていませんでした。ヒゲそりは忘れており、大きい方は単にお通じが無かったからです。ここで疑問に思われる方がおられるかもしれません。寝ぐせ直しはどうしたのかと。私は思いました。寝ぐせは何としても直しておきたいが、ええい、後で水で濡らせば良いや。いや、こんなこと思っていませんよ。

実は私、寝ぐせ直しをする習慣が無いのです。では寝ぐせが無いのかというとその逆で、常に後頭部にひとまとまりの髪の毛が立っているのです。私の髪の毛はかたい直毛であるせいか、この寝ぐせはどうやっても直せないのです。時間と手間をかければどうにかなるかもしれませんが、一晩寝たらまた元のもくあみです。そういうわけで、私はもう開き直って寝ぐせをそのままにしてしまっているのですが、これが悪評かと思いきやなかなかの好評で、友人らからは「アンテナ」と呼ばれています。この「アンテナ」の立ち具合が私のテンションのバロメーターになっているらしく、もはや私のトレードマークと化しています。

さて、家を出た後、私はヒゲをそっていないことに気付きました。無精ヒゲが生えているのが異様に気になり、どうしようか悩みました。こうなったら、オフ会中は常に顔を動かして、無精ヒゲをごまかそう。「お〜ひさし〜ぶりぶり〜で〜す。ふふ、ふふ、ふふふ」。てな事は考えず、私は途中の駅で降りて、駅のコンビニで100円強のカミソリを買い、駅のトイレに駆け込み、付属のシェービングクリームを使ってヒゲをそりました。このままでも良かったのかもしれませんが、どうしても気になってしかたが無かったので。

その後、私は有楽町駅に向かい、7時は私は7半過ぎには既に有楽町駅に到着していましたが、お腹の調子があまり良くなく、劇場のある有楽町マリオンとは別方向にある東京国際フォーラムのトイレに駆け込みたかったからという事情があります。え?有楽町駅にもトイレがあるし、そんなところをわざわざ使う必要があるかですって?

あるのですよ。大体、駅のトイレといのははあまり清潔とは思えないので、私は使いたくないのですね。それともう一つ、私はトイレにはウォシュレットが無いとイヤだという、大変わがままな奴なのです。何しろ、この日の1、2か月前に私はカナダにいたのですが、現地では携帯用のウォシュレットを持っていったくらいです。

しかし、この日は日本にいるという油断もあって持っていなかったわけです。私は東京国際フォーラムにウォシュレット付きのトイレがあるのを知っており、そこへ向かったのです。ここでトイレに入れれば、8時までに間に合う。と思って行ってみると、「オラ今おっきい方してるから待ってー」状態。いや、トイレはまだ他にもあります。しかし、他のトイレへ駆け込んで行ってみると、「ごめーん、あたし入ってるの」状態。ええい、もうトイレはオフ会の後まで我慢だ。

って、そこまで長時間我慢できるわけがありません。Mr.Kさんにお会いしてから、有楽町マリオン内のトイレを使う事にしました。あそこもウォシュレットがあるので。そういうわけで、私はトイレに入れず、私は有楽町駅に戻りました。戻る際、私は私は自分のジャケットの胸に、昨年の「ケツだけ爆弾」公開初日に買った、15周年記念のピンバッジを付けました。コンセッションの飲食物を1000円以上買うともらえるというピンバッジです。このピンバッジは舞台挨拶終了まで付けておりました。

戻った時は、7時50分前で、まだ余裕がありました。午前7時54分、Mr.Kさんがやってきまして、昨年の大阪オフ会から1年ぶりの再会、「おひさしぶりぶり」の挨拶です。Mr.Kさんは昨年と同じく、「ながら」を使って関東にやってきたとのことです。この後、私とMr.Kさんは水橋ホトリさんを待ちましたが、先週の試写会で8時に来られるかどうかは分からないような事を言っており、大丈夫かなを思いました。しかし8時になる頃、私の携帯に水橋さんがかけてきて、やはり8時に来られないとのことでしたので、後で劇場でお会いしましょうということになりました。



上映の弊害

劇場の日劇2がある有楽町マリオンの9階に行ってみると、既に20人くらいおり、まだ少なかったので良かったです。ただ、劇場がまだ開いていなかったのですが。その後、Mr.Kさんにチケットをお渡しし、お話をしながら時間を潰していましたが、そろそろお通じも我慢できなくなってきた私は、Mr.Kさんにトイレに行ってきますと言いました。

私はエスカレーターでトイレのある7階に行きました。とにかく早くトイレを済ませねばなりませんでした。というのは、いつ開場になるかが分からず、開場になってもMr.Kさんをお待たせするのは悪いと思ったからです。ウォシュレットをいつもより早く使わなければ開場に間に合わん。しかし手を抜けばきれいに落ちず、尻にウンコが残ってしまう。これでトイレットペーパーで拭きとり・・・。

いや、汚い話で申し訳ないです。ちゃんと私はウォシュレットできれいにしてからトイレを出ましたよ。ですから、少し時間をかけたわけですが、戻ってみると観客が並び始めていましており、Mr.Kさんは列から少し外れたところから待っていました。まあ、今回は指定席なので、慌てて並ぶ必要は無いわけですが。
上映スケジュール
8時15分に開場となり、お子様限定のプレゼントも「舞台挨拶撮影禁止」の紙ももらわず、劇場内へ入りました。席に行く前に、とりあえず売店で何か買おうとなり、Mr.Kさんは朝食のホットドッグを、私はウーロン茶を買いました。

そして、「人気者でいこう!」のBGMが流れる劇場に入り、席に着きました。席は、私はF-11でMr.KさんはF-12でした。前から3列目で、かなり左寄りの席です。F-1が一番左の席で、Mr.Kさんの席の右が通路になっているのですね。

D列が一番前の席ですが、一番前はマスコミ関係者の席だったの3列目とは言っても、実際は2列目と言っていいわけです。

席に着いた後、私はグッズを買いに行きましたが、昨年のような鬼神のような勢いで買うことはせず、今年はかなり控えめにして、ノートや金矛の饅頭、メダルなどを購入しました。それでも結構多く買いましたかね。

8時45分、場内は暗転して、いよいよ上映開始と思いきや、最初は例によって予告編なのですね。そして、8時57分頃になって上映開始です。

本編の内容では、私はマタの歌が一番気に入っていて、この歌を聞くのが楽しみでした。また、その前のマックとの空中戦も気に入っているシーンの一つです。

また、プリリンを倒した直後の、落ちていくひろしの表情ですが、このシーンが一番ウケていましたね。他の劇場でもそうでしたが。このシーンと野原一家のリアル顔のシーンでは、私はMr.Kさんや他の観客の反応の方をむしろ楽しんでいました。2回目の鑑賞となると、そういう余裕も出てくるわけです。Mr.Kさんも他の観客も大いにウケており、嬉しくなったりしました。

ところで上映中、私は首が痛くなってきました。というのはかなり前の席でしかも右寄りなので、長時間首を上へ上げて右に曲げていたからです。ですから、鑑賞中はそれが少し辛かったです。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!



夢と現実

10時30分頃、上映は終了し、舞台では舞台挨拶の準備が始められました。この間、「ユルユルでDE-O!」と「人気者でいこう!」のBGMが交互に流れていましたが、いよいよ準備が終わると、「オラはにんもの」に変わり、さあ、舞台挨拶の開始です。

10時34分頃、舞台挨拶の司会を務める今年三十路を迎える、じゃなかった、まだまだバリバリ20代の(売間久里代と同い年の)テレビ朝日の大木優紀アナウンサーの登場です。

我々観客は大木アナからしんちゃんを呼ぼうということになり、最初に1回「しんちゃ〜ん」と練習しました。この時、私はかなり控えめな声で言っておりました。だってえん、恥ずかしいんだも〜ん。しかし、本番では

しんちゃ〜ん

と、私はお子サマたちと一緒にバカでかい声でしんちゃんを呼びました。けけけけけけ。

すると、しんちゃん(の着ぐるみ)が、ひまわり(の着ぐるみ)を抱いて登場しました

しんちゃんは、自分は金矛の勇者としてすごく頑張ったけど、父ちゃんも母ちゃんもまあまあ頑張ったなというな事を言うと、みさえとひろしがしんちゃんを咎めつつ登場です。

みさえは、あたしだって北極のシロクマのことを考えたり、エコロジーな気持で戦っていたんだそうです。ひろしもひろしで、化石燃料に頼ってはいかんというグローバルでエコロジーな考え方が地球を救ったんだそうです。まあ、二人ともダークにハメられて、時間と止められたんですがね。第一、ひろしは出世し損ねてましたしね。

さあ、ここで大木アナからスペシャルゲストが登場です。映画の中で体操のお兄さん役の、オッパッピーなお兄さんです。そう、それがこの人、小島よしお氏です。

10時38分、小島よしお氏(以下、オッパッピーよしお)が「ウェ〜ウェ〜」とうなって登場です。

この時、前列3列目の、中央から少し右寄りの席に座っていた女性が突然立ち上がり、以下のような模造紙を掲げ出したことです。

縦の長さは成人女性が腕を広げた時の長さ分(1メートル前後?)くらいでしたね。すげえ、ここまでやるかよ。これが腐女子のパワーと言うものかと,しみじみ(?)実感しました。なお,下の模造紙はHTML形式で再現していますが,あくまでも私の記憶に基づくものなので,本当にこうであったという断言はいたしかねますが,大体こんな感じで間違いないと思います。

         
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点線の中のところに、しんちゃんの全裸イラストが描かれていましたが、私の記憶ではそれなりに上手なものだったと思います。ここでは事情によって,模写する事はできませんので,上のような表記にしています。ちなみに、模写できない事情とは、絵が下手というわけではなく、公序良俗と著作権上の問題からです。最近、私は絵の練習をして、その技術は多少なりとも向上してきているのですよ。まあ,サイトで公開するわけには行きませんが。

さて、舞台挨拶は一気に異様な感じになりました。なんか、大きいお友達に支配されて言っていくような感じで。オッパッピーよしおは「初めて腐女子の叫びを聞いたけど、ホモダチの方が好みなオレ。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!うひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」と言っていましたが、私は腐女子のそのような声を見て、もはや感動の境地にまで達してしまった気分です。えっ?私チョルスも腐女子じゃないかって?私は男だ。でもヲタかも。そう、私は,カスカベ系なのです!略してカス系(笑)。

で、言うまでもないでしょうが、灰色の背景の部分は私の妄想です。元ネタはこちらを参照とのこと。今年はさすがにこんな事は起こりませんでした。まあ、オッパッピーよしおじゃねえ・・・。いずれにせよ、安心した反面、ちょっと寂しかったりも・・・。

しんちゃんによると、オッパッピーよしおとはもはや死語になりつつある「そんなの関係ねー」で大ブレイクをしたとのことですが、しんちゃんはこの時エドはるみのマネをやったとのことで、私にはよう分かりませんでしたが、オッパッピーよしおの機嫌を損ねたしんちゃんです。

それで、しんちゃんはなんでオッパッピーよしおがこの時、しんちゃんと同じ格好、赤い服に黄色い半ズボンをはいているのかと訊いていましたが、これはしんちゃんがプレゼントしたとのことです。アフレコ時にしんちゃんがオッパッピーよしおに渡したとのことで。

こってり忘れていたしんちゃんにオッパッピーよしおは怒り、着ぐるみしんちゃんの首を取ろうとつかみかかりました。

「おい!取るぞ、この野郎。取るぞ!おい! 前代未聞だけどやるぞ!子供の夢を壊すぞ!」と喚くオッパッピーよしお

子供の夢崩壊まであと・・・というところで、大木アナのそれはマズイですというご忠告もあって、子供の夢は壊れずに済みました。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!

オッパッピーよしおはアフレコの収録はたった10分で終わったとのことです。また、自分の顔はアニメにしやすいんだそうです。うん、納豆食う(笑)。ドッペルゲンガーを見ているようだともいっており、観客席のお子様相手にドッペルゲンガー知らねえだろととか言っておりました。

こういう話をしていると、オッパッピーよしおはまた子供の夢を壊そうとしていました。「とっちゃえ〜」と。そういうことで、しんちゃんから危険なお兄さん、ではなくオジサン扱いされていました。

他にも、しんちゃんを6歳と言ったり頭が異常にデカイと言ったり、しんちゃんの映画に出るのは夢だったとかいうかつての発言は嘘だったようだし、「ウィウィウィエ〜」とキモい発言をしたり、しんちゃんからもキモがられたり・・・。

10時45分、そんなオッパッピーよしおは、もはや死語になりつつある「そんなの関係ねー」に続く、新ネタを披露することになりました。

でもでもでもでもラスタラスタピヤ〜! ピヤピヤ〜! ピヤピヤ〜!・・・

という、早くも死語になりつつある新ネタでした。



裸体滑稽論

10時46分、しんちゃんたちに命を吹き込んでいる、声優さんたちの登場になりました。しんのすけ役の矢島晶子さん、みさえ役のならはしみきさん、ひろし役の藤原啓治さん、ひまわり役のこおろぎさとみさんです。

では、この4人による、今回の映画についてのメッセージです。

矢島さんは、「金矛の勇者」の監督の本郷氏にも触れていましたが、やはりこういう場でも言いたくなるくらい、本郷監督の復帰は非常に驚きだったのでしょうね。ちなみに、矢島さんは地声で話しており、試写会で地声が聞けなかった私は大満足でした。オッパッピーよしおとの絡みではしんちゃん声になっていましたが。

ならはしさんは外の天気も良くないのに、これだけの観客が来てくれた事にご満悦のようでした。で、来年もお願いしますと言っており、もう来年の予約かよとしんちゃん(矢島さん)に突っ込まれていました。

藤原さんは朝早かったため、少し遅刻してしまい、マネージャーに怒られたとのことです。で、しんちゃん(矢島さん)にお客さんに謝るよう言いましたが、藤原さんはこの場を借りてマネージャーに謝っておきたいと言っておりました。

こおろぎさんは、ひまわりが生まれて何年経つのかが計算できないと言っていました。それで、「金矛の勇者」で一番印象に残っているのは、「封印封印、ボインボイン」のところで、出演者一同、男の人たちが皆ニコニコしていたのがとても印象的、とのことでした(笑)。

しんちゃん(矢島さん)はころぎさんが歳いってるという発言をしていました。こおろぎさんは「あんたに言われたくないわ!」と返していましたが、この日、矢島さんは40歳で、こおろぎさんは45歳・・・、五十歩百歩ね。

10時52分、写真撮影に入り、ここまで順調に(?)進んできた舞台挨拶ですが、何か物足りないところもあります。さて、55分に声優さんたちは退場し(この時、何かに戸惑っていた藤原さんがこおろぎさんに案内されての退場になりました)、オッパッピーよしおとしんちゃんだけになりました。

さあ、11時近くなったところで、いよいよオッパッピーよしおが・・・、そう脱ぎだしたのです。しんちゃんとおそろいもいいですが、やはりオッパッピーよしおといえば、脱がないと名が廃れちゃいますもんね。7色パンツだけとなった、オッパッピーよしおはクレヨンしんちゃんのことを「クレパスしんちゃん」と言ったりもしていました。今まで「クレヨン」ではなく「クレパス」だと思っていたんだそうです。

でも、

そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!
そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!
そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!
そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!
そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!
そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!


とまあ、オッパッピーよしおとしんちゃんはずっと芸を披露してしまったせいで、私は「オッパッピー」中毒にかかってしまいました。そういうわけで、既に何度か出てきましたが、当ページでこの芸がやたらと出てきてますでご了承ください。

そろそろお時間という事になり、11時2分、しんちゃんとオッパッピーよしおは退場ということになり、これで舞台挨拶も終了となったわけです。今回の舞台挨拶もなかなかステキでしたね、うん。



南部珍道紀行

その後、劇場を出る際に水橋ホトリさんとお会いしました。水橋さんはもう少し後ろの、中央の方の席に座っていたようです。劇場を出る際に、入口で売っていたパンフレットを購入し、私たちはエレベーターで1階に降りました。有楽町マリオンを出て、有楽町駅の前で、用事があるということで水橋さんと私たちはお別れということになりました。

私とMr.Kさんは、その後に関して、事前に色々と計画を立てていました。Mr.Kさんが鎌倉出身の方を仕事をしているということで、まずは鎌倉に行くことになりました。その後、大宮の鉄道博物館と、春日部のララガーデンにある「ブリブリシネマスタジオ」に行く予定です。

まずは鎌倉までですが、東京駅から特急に乗っていこうということで、私はどういう切符を買ったら良いか少し悩みましたが、Mr.Kさんは2300円のホリデー・パスを勧められそれを買うことにしました。

その後、東京駅に向かい、まずはMr.Kさんがお土産を購入ということになりました。昨年にも使った店で今年も買おうということになりましたが、私もMr.Kさんもどこにあったのか覚えていません。で、結局東京駅内のコンビニで買うということになりました。Mr.Kさんがお土産を買っている間、私はのど飴を買いました。というのは、その日私はやたら喉が痛かったからです。のど飴を買ったおかげで、どうにかのどの痛みはかなりおさまりました。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!

その後、購入したお土産をコインロッカーに入れておこうというわけで、コインロッカーを探しますがまたしても見つからない。インフォメーション・カウンターで訊いて、ようやく見つけましたが、全て「ごめーん、みんな使用中なの」状態。コインロッカーのヤツ、なんでこんな時に限って完璧な状況作るんだ。いつもはガラガラなのに。しかし、ショックを受けている場合ではない。なんて思ったり、思わなかったり。結局、Mr.Kさんはお土産の紙袋を持ったままオフ会ということになりました。よく考えれば、帰りも東京駅に来るのだから、帰りに買っても良かったのですね。なんだか、悪い気がしました。
修善寺行きとなっていますが、私たちの乗った車両は伊豆急下田までです。ちなみに修善寺は夏目漱石が療養のために訪れたのですが、ここで大吐血、つまり血のげろげろを大量に吐いて、命を落とす寸前まで追い詰められました。いわゆる「修善寺の大患」と呼ばれる出来事です。しかし、結局漱石はその6年後の1916年(大正5年)に亡くなっています。それにしても、漱石の人生は精神の側面からするとかなり悲惨なものだったと言えます。例の華厳の滝で自殺した第一高等学校の藤村みさえ、ではなく藤村操の事も相当気に病んでいたと言いますし。藤村操は漱石の授業を受けていて、自殺の何日か前、彼が答えを間違えた事を漱石が叱責したことがあり、それが原因ではないかと、漱石は落ち込んでしまったわけです。あれ、ところで何の話でしたっけ?
そして、駅弁を買い、ホームに出ました。12時の東京発、特急「踊り子115号」、伊豆急下田行はすでに乗車できる状態でした。しかし、Mr.Kさんは既に周遊きっぷで特急に乗れるのですが、私のホリデー・パスだけでは特急には乗れません。

というわけで、私はホームにある購入機でチケットを買いましたが、ここでMr.Kさんとはぐれてしまい、かなり慌てましたが、すぐに見つかりました。

特急に乗車後、私とMr.Kさんはとりあえず昼食の駅弁を食べました。それにしても、列車の中はガラガラで、席が取られるのではないかという不安は杞憂に過ぎなかったわけです。

川崎のあたりで食べ終えた後、私は「最後の試写会!金矛な93分!」をプリントアウトしたものをMr.Kさんにお見せして、分身たちの感想の内容を解説していました。この解説はなかなか楽しかったですね。

12時35分、大船駅に到着し、私たちはここで降りました。大船駅から藤沢行きに乗り換えるのですが、Mr.Kさんはなぜか改札を出ていたので、私もつられて出てしまいました。話を聞くと、Mr.Kさんの持っていた周遊きっぷは大船駅まで有効であり、藤沢駅では使えないため、Suicaで再入場する必要があったわけです。私のホリデー・パスは平塚駅まで有効なので、出る必要は無かったのですね。

12時43分、特別快速の小田原行に乗り換え、47分に藤沢駅に到着しました。ここからは、江ノ電に乗って鎌倉に向かうわけですが、途中で降りようかとMr.Kさんが提案し、私たちはどうしようか悩んだ結果、途中で降りることを前提に切符を買いました。
江ノ島電鉄。以前、テレビの特集で江ノ島電鉄の旅というのがやっていて、それ以来乗ってみたいと思っていた私。
13時発の江ノ島電鉄に乗ましたが、車内はやや混雑しており、この時は座れませんでした。そして、途中の江ノ島駅で降りて、ちょっと周辺を見てみようということになりました。

13時10分に江ノ島駅に到着して、周辺を歩いてまた駅に戻りました。ここで、駅に戻る際、近くの売店で私はあるものを発見しました。ご当地しんちゃん(神奈川、鎌倉限定のウィンドサーフィン) です。私は即座に購入しました。

この後、江ノ島電鉄で鎌倉駅に向かいました。この際の乗車では席に座る事が出来て、窓に映る湘南の海や、住宅街を縫って進む姿を満喫したりしました。

鎌倉高校前駅は海の目の前にあり、何ともうらやましく思ったものです。大学時代に私が所属していたゼミで、Sというゼミ長は藤沢在住、この鎌倉高校出身とのことです。江ノ電に乗っている間、私は大学院に進学したこのSのことを考えたりもしていました。ところで、Mr.Kさんは寝不足だったこともあるせいか、この辺りでうとうととしていました。



大木の存在理由

終点の鎌倉駅到着後、私とMr.Kさんは、とりあえずここでも何か観光しようということになり、駅を降りました。この時、13時45分頃で、Mr.Kさん持参の時刻表を参照にしながら、14時11分発の宇都宮行きはあきらめよう、14時39分のに乗って大宮に行こうと計画を立て、それまでどこへ行こうかということになり、駅から徒歩12分という鶴岡八幡宮に行ってみることにしました。

鶴岡八幡宮とは、鎌倉幕府3代目将軍の源実朝が甥の公暁によって暗殺された地です。公暁はここにある大銀杏の木に隠れて実朝を殺したとのことですが、その銀杏が当時から人が隠れられるほどものだったかは謎なんですね。

そんな事をMr.Kさんとお話ししながら、鶴岡八幡宮へ向かって行きました。鎌倉駅からまっすぐ行けば自然に着くとタカをくくっていたのですが、途中で道に迷いかけましたが、道路の右に公園らしき入口に鳥居が立っているのを見て、そこが鶴岡八幡宮の横からの入口でした。そういうわけで、無事に到着できたわけです。

公暁が隠れたという大銀杏ですが、本当ですかね。ただ、ここが実朝の殺害現場になったのは事実ですが。ちなみに、源実朝と言えば「金槐和歌集」が有名です。え?「金槐和歌集」を知らないって?キミは歴史もしくは国語(文学史)の授業中、居眠りしていたんじゃないか?なんちって。鶴岡八幡宮の本宮

公式サイトの地図を参照していただければと思いますが、私たちが入ったのは流鏑馬馬場という道から入ったわけです。ここから左に曲がって舞殿を通って、大銀杏を鑑賞しました。この大木に隠れて公暁は実朝を暗殺・・・、歴史のロマンを感じるか感じないかよう分かりませんが、この暗殺で源頼朝の家系は断絶してしまったのですから、悲劇の舞台ではあります。大銀杏を鑑賞した後、私たちは大石段を登って本宮に着きました。本宮も見所はありましたが、ここから見た景色もなかなかのものです。

ところで、時間ですが、私たちは14時39分の鎌倉発の湘南新宿ラインに乗らなければならないわけです。13時45分頃に、鎌倉駅でどこへ行こうかと相談し、鶴岡八幡宮に着いたのは14時15分頃です。30分ほどかかっているわけですが、相談していた時間や、道中に人が多くて速く進めなかったというのも事情にあります。

14時15分に着いてから、私たちは25分に本宮を出発しました。たった10分の観光というわけですがそれも仕方のないことです。39分発ですから、残り時間はあと14分です。私たちはまっすぐ道を進んで中心の、つまり「喫茶 風の社」のすぐ隣の鳥居を抜け、そのまままっすぐ行くか、あるいは左に曲がって小町通り、つまり行きと同じ道を通るかの二つの選択肢のどちらをとるか迫られ、行きに行った道なら迷わずに済むということで、行きと同じ小町通りを行くことにしました。これで確実に14時39分に乗れる。



アセアセる乗車

しかし、本宮から鳥居まで私たちは5分もかかっており、つまり既に14時30分、あと9分と、もはや10分も無いわけです。このままのんびり歩いたら間に合わなくなるのは確実だったので、私たちは人だらけの小町通りをうまく縫って小走りで鎌倉駅に向かいました。Mr.Kさんには悪い事をしたと思っていますが、仕方のない事だとも思います。鶴岡八幡宮に行かなければ良かったかも・・・。しかし、行って損は無かった・・・はず。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!

その後、必死に走ってTATSUYAへ行き、DVDを返却した後、鎌倉駅に着いたら電車は・・・、出る寸前だった。

そう、ギリギリ間に合ったわけです。鎌倉駅についてグリーン券を買い、私はホームを間違えそうになり、Mr.Kさんを少し待たせるという愚行をしてしまい、39分発のホームに出た時、電車は出る寸前、もはやグリーン車の車両まで行っている余裕は無く、私たちは目の前の車両に乗りました。

そういうわけでギリギリで間に合った私たちは、商談に遅れて上司にひどく怒られることもなく、飛び乗った10号車からグリーン車の5号車に向かいました。グリーン車は1階席と2階席があるのですが、2階席に行き、空いている席に座りました。とは言っても、ガラガラでしたが。

電車の中で、先ほど激しく走ったせいで汗がダラダラと出てきて、それを拭き取っていました。窓側の席に座っているMr.Kさんを見ると、汗はあまりかいていないようで少しうらやましくも思えました。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!

ところで、Mr.Kさんの座席の前の網の中に、トレインショップの冊子だけでなく、モーニングが置かれていました。おそらく前の乗客が置いて行ったものだろうと思われます。私はMr.Kさんにモーニングを取らせてもらい、さっそくページをめくりました。モーニングは「島耕作」や「ジパング」などの作品が有名ですが、この作品を忘れてはいけない、私が敬愛する秋月りすさんの代表作「OL進化論」も連載されているのです。というわけで、同作品を堪能した私でした。もちろん、「35歳で独身で」もしっかり収録されておりました、いひひひひひ。

さて、保土ヶ谷駅に停車した時、いつまで経っても列車が動きません。アナウンスによると、急病人が出たとのことで、5分ほど遅れることとなりました。その後、列車は遅れながらも順調に、新河崎、渋谷、新宿、池袋、赤羽と大宮へと近づいていきました。この間、私たちは「踊り子」でしていた話の続きなどをしていました。



鉄道経済学

16時12分、遅れはしたものの、無事に大宮駅に到着しました。その後、鉄道博物館に行くことになっており、16時20分発の埼玉新都市交通ニューシャトルへ乗り、22分に到着しました。

鉄道博物館は、2006年5月14日に閉館した交通博物館に代わり、に2007年10月14日にオープンし、この日4月19日でほぼ半年が経っていたわけですが、実は私はまだ一度も行ったことがありませんでした。日記にも書きましたが、10月14日のオープンの日、私は行こうとしたのですが、入場制限のため入れなかったわけです。しかし、さらにとんでもない事が後に分かりました。実は、博物館側の手違いで、まだ入場に余裕があるというのに制限していたということが判明したのです。この事を知った時、私はあきれたものですよ、まったく。

そういうわけで、私にとってもMr.Kさんにとっても初の鉄道博物館ということです。18時に閉館ということで、およそ1時間半で回ることになっていました。まあ、1時間半なら結構回れるでしょう。入場の前に、私たちは荷物をコインロッカーに預け(東京駅の件もあったので、コインロッカーが使えて安心しました)、いよいよ入場です。

地図を見ていただければと思いますが、最初に1階のヒストリーゾーンの見学になりました。これまで日本で作られていた鉄道が多く展示されており、スイスのユンクフラウノッホというアルプスの頂上を登るための技術が導入されているなどといった解説も興味深かったです。

昭和の車両のあたりで、私は映画の「ALWAYS 3丁目の夕日」を思い出したり、新幹線の0系で「オトナ帝国」を思い出しました。ここで、私は「金矛の勇者」で野原メンXになった際、ひろしが足を電車(東武伊勢崎線の準急)や新幹線のN700系にするシーンが出てきますが、新幹線を0系にして、しんちゃんがひろしに時代遅れだとか突っ込みを入れるシーンも面白いのでは、といった事をMr.Kさんに話しかけたりしていました。

続いて2階のヒストリーゾーン、これは逆のルートで見ていましたね。また、2階のエントランスゾーンにある巨大ジオラマを見たりもしました。Mr.Kさんと私はこれを私的に作るといくらくらいかかるかという話をしましたが、数十坪の家なら地下室もしくはさらに上に1階分を設けて、そのフロア全体を使えばかなり良いジオラマができるのではないかと話しました。また、私は田中角栄元首相が捕まったロッキード事件の際、事件に関与していた企業である丸紅の役員の一人が、別荘代わりのマンションの一室にドイツ製の鉄道のジオラマを作っていたという逸話をMr.Kさんに話したりもしました。

さて、このジオラマは17時半で終わりで、私たちは20分ほどいられたのですが、席に座ってジオラマを見ていた時、右横に座っていたMr.Kさんを見ると、眠っているではないですか。まあ、寝不足でしかも走ったこともあり、かなりお疲れなので無理もないですが。

17時半にこのジオラマのゾーンは閉まり、起きたMr.Kさんと私は出て、次は期間限定で行われていた中央線の展示に行きました。中央線は私にとっても結構なじみの深い列車なのですが、ここでもMr.Kさんがあまりの眠気のせいか、倒れそうになったりしました。

その後も、3階や2階のラーニングホールを見て回り、まもなく閉館時間の18時が迫ってきたので、私たちは土産売り場へ行きました。私はクリアファイルを購入しました。私は私生活の方でクリアファイルをかなり使うので。Mr.Kさんも買われていましたが、博物館を出た際、記念のカードをもらい、クリアファイルを買わなくても良かったかもと言っていました。

ちなみに、これを書いている月上旬現在、この時以来、私は鉄道博物館を再来訪していません。私の自宅からそれほど遠くはないのですがね。



極楽の規準

18時5分、閉館時間が5分ほど過ぎてから、コインロッカーの荷物を出して博物館を出ました。この次に、私たちは春日部へ行きました。春日部には、2007年11月8日にオープンした(その前日の7日にプレオープンしていましたが)ララガーデン春日部にある嵐を呼ぶ ブリブリシネマスタジオに行くためです。

ここでニューシャトルで大宮駅に戻ってから東武野田線に乗るというルートもあり、雨も降っていたのでそうしようかとも話しましたが、私たちはそのまま来た野田線の北大宮駅まで行ってしまおうとなりました。それほど遠くないので。また、雨も強くはありませんでしたし。ただ、それで、少し濡れましたが。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!

何はともあれ、鉄道博物館駅から大宮駅までの180円と、大宮駅から春日部駅の300円で合計480円のところ、北大宮駅から春日部駅までは240円と半額で済みました。それにしても、一駅180円のニューシャトルって相当高いですよ。ぼったくりではないですかね。

北大宮駅には18時25分頃に到着し、30分頃に電車が来ました。電車の中はかなり混んでいて、私もMr.Kさんも座れませんでした。18時51分頃に春日部駅に到着しました。

春日部駅を出た時、私は駅を出たところのローターリーの先にあるビルの上に、しんちゃんの看板がライトアップされているのをMr.Kさんに知らせたりして、19時頃にララガーデン春日部につきました。ララガーデン春日部の入口には「金矛の勇者」のパネルが飾ってあり、私とMr.Kさんは早速記念撮影をしました。

ブリブリシネマスタジオは、まさにクレしんファンにとっては極楽浄土、まさに聖地、私たちのやっていた事は聖地巡礼以外の何物でもないと確信したリ。私はあちこちの写真を撮ったり、クレーンゲームでクレしんグッズを取ろうとしたり(失敗しましたが)、グッズをあれこれ物色したりしました。

また、私はオープン時に手に入れた中国産のしんちゃんの監督姿をしたぬいぐるみが、基準値を超える鉛が検出されたという事から、そのぬいぐるみを新しいものに交換してもらいました。これで、ようやく交換できたわけです。友達なんかは持っていれば貴重だよとか言いますが、冗談じゃないです。そんなの後世大事に持っていて、体に異常をきたしてはたまりません。レアなしんちゃんグッズですが、私は臼井儀人先生の直筆サインを二つ持っているので、それで十分ですよ。

20時頃、クレしん関連のBGMが鳴り響くシネマスタジオを出た私たちは、ララガーデン内の「PACIFIC KITCHEN FOOD FACTORY」というレストランに入り、そこで夕食をとりました。私は塩ラーメン、Mr.Kさんはとんこつラーメンです。そして、雑談を交わしつつ、私はMr.Kさんにしんちゃんとマタのイラストをその場で描いてプレゼントしたりもしました。下手くそなイラストでしたが。

20時45分頃にレストランを出て、ララガーデン内にあるユナイテッド・シネマ春日部に行って、ここでのクレしん映画の盛況ぶりを見ました。ちなみに、9時以降のレイトショーも観ようと思えばできましたが、Mr.Kさんの帰りの列車に間に合わなくなるため、さすがに断念しました。なんでも「クレヨンしんちゃんをご当地春日部で見よう」という張り紙も見つけ、私はMr.Kさんに、それじゃあ有楽町ではなくてここでやった方が良かったですかねと言うと、いや舞台挨拶付きでないと駄目ですよと返されました。ちなみにこれを書いている現在(6月上旬)、ユナイテッド・シネマ春日部では土日までですが、6月15日まで「金矛の勇者」を上映しているとのことです。いやはや、すばらしいです。さすが、ご当地だけのことはあります。

そして、ララガーデン春日部の2階にある本屋にも行きました。ここでも、クレしん関連の本が並べられており、専用のコーナーがあるくらいです。クレしんをここまで優遇してくれる本屋は日本広しといえどもここだけでしょうね。

21時20分頃にララガーデンを出て、28分発の野田線大宮行きに乗りました。なお、乗る直前に、私はホームから見える、レールの横に立ててあるしんちゃんの看板をMr.Kさんにお見せしたりしました。



終ケツのツケ

21時50分頃に大宮駅に着きました。その後、東京駅へ向かうのですが、大宮から始発が出ている京浜東北線に乗ろうとしましたが、京浜東北線は遅れているとのことでした。Mr.Kさんは東京駅到着が遅くなる事を恐れ、高崎線で行くことになりました。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!

21時57分に高崎線で大宮駅を出ましたが、夜の上り列車なので、ガラガラでした。ただ、下りはかなり混んでいるのですよね。Mr.Kさんは終点の上野に着くまで眠っていました。やはり、相当お疲れのようで。

22時24分、上野駅に到着した後、山手線に乗り換えて、22時半過ぎに東京駅に着きました。そして、Mr.Kさんが行きに乗って、帰りも利用される「ながら」の乗り場の9番線ホームに行きました。

22時45分に「ながら」が入場してきました。「ながら」が入場する前後、そして「ながら」の車内清掃が終わり、Mr.Kさんが「ながら」に乗りこんでも、デッキ越しで、私たちはいろいろ会話をしていました。

「ながら」の電光掲示板ながら

23時11分、いよいよ発車となり、ドアが閉まりました。そして、電車はゆっくりとホームを進んでいき、やがてMr.Kさんの姿は見えなくなりました。

その後、私は午前0時半近くに帰宅しました。京浜東北線が遅れていたことが影響して、思ったよりも時間がかかってしまいました。また、案の定下り列車なので、やはり混んでいましたね。まあ、私の場合、埼玉の南部なのでまだ良い方です。埼玉の北部や群馬などではかなり大変だと思います。こうして、オレの人生で最も長い(?)18時間は、終わった。

それにしても、この日はずいぶんお金を使いました。ここまで湯水のように使うなんて稀ですよ。まあ、グッズ欲しさの自分のマニア心のせいでもあるわけで。でも、そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!


それでは最後にもう一度。

そんなの関係ねー!そんなの関係ねー!はい、オッパッピー!

むひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。





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