野原家復帰後


34〜37巻





またずれ荘から野原家へ戻り、クレヨンしんちゃんは再び、元の状態に還りますが、このまたずれ荘での生活の中で、クレしんは様々な意味において、大きな変化を遂げ、それは野原家復帰後にも止まったわけではありません。

単行本にして30巻を超え、クレしんが今後も継続していくための、その模索は続くことになり、常に変化し続けていくことになります。そして、そのためには、かつて登場していたキャラクターや要素を捨てていかざるを得なくなっていくという側面があります。

大抵それは、「自然消滅」という形で行われますが、例外として、作者が意図的に行うこともあります。その最もたる例が、売間久里代というキャラクターに対してです。

彼女は、初期の頃はレギュラーキャラクターであったのですが、8巻を最後に登場しなくなっていました。そして、35巻において、(単行本の発行年で言えば)実に9年ぶりの再登場を果たしており、この時もしんちゃんに振り回されますが、最後はしんちゃんに栗のキーホルダーを(無料で)売ることが出来ます。

その話の最後のコマには「そして売間久里代は生涯地獄のセールスレディだった」というコメントで締めくくられていますが、これは、彼女はもう登場することはないと宣言しているに等しいです。彼女は初登場以来、しんちゃんに振り回され続け、そして、この35巻の話において、しんちゃんに対するコンプレックスを(物を売ることによって)取り払われます。

つまり、彼女が作品に登場していたのは、あくまでコンプレックスを背負った状態に意味があると言えるのであり、コンプレックスが取り払われれば、登場する価値が喪失されるというわけです。また、わざわざこのような話が書かれるのは、現在のクレしんは過去のそれとは決別しているという事を明確にしているという側面があります。また、同時に過去と現在のクレしんは、決して無関係ということはなく、両者はしっかりつながれているとも読みとれます。

いずれにせよ、クレしんは(ネタ不足を解消するためでもあるのか)新しい境地を拓こうとする意欲が見られます。
その一つに「えんぴつしんちゃん」が挙げられます。えんぴつしんちゃんは当初、しんちゃんによって版が遅刻してしまうという話がメインでしたが、(ネタ切れもあってか)もはやその話は登場しなくなり、代わりに担任の先生やいじめっ子との絡みの話に移っていきます、

特に、いじめっ子との話で、しんちゃんがそのいじめっ子を振り回すという内容は、売間久里代と同様、過去とのつながりの確認(あるいは回帰)と見ることが出来ます(初期の頃には、しんちゃんがいじめっ子を振り回す話が多くあった)。

このえんぴつしんちゃんは、一応非日常の話に分けられますが、その非日常の話の中にも、色々な変化を見出すことが出来ます。この頃の非日常の話にはクローンや自爆テロなど、時事性を取り入れた話が増加しており、それは感動させようという意図が含まれた話についても同様です(しんちゃんが泣くシーンが数多く登場するようになり、泣き姿を後ろでしか見せていなかった初期の頃とは、明らかに決別している)。

さらに、非日常の話の中で、34巻にはしんちゃんが家庭教師に教わる話がありますが、これは日常の話でも十分通用する話であります。つまり、非日常の話の日常化は、行き着くところまで行ってしまったと言えるわけです。一方、日常の話においては、非日常化が進み、特にまたずれ荘での話(野原家の爆破や殺し屋との対決)はその極致であります。野原家復帰後、その非日常化の勢いにいくらか歯止めがかけられるようになっていますが、勢いそのものが止まったわけではありません。

34巻で、心臓停止した男性を白猪天子と鬼瓦親方が救出するという話があり、また、36巻には食べ物をのどに詰まらせおばあさんを、埼玉紅さそり隊と武里チェリーボーイズというグループが、同様に救出するという話があります。

両者共に、しんちゃんが居合わせているのですが、このような人命に関わる危機に複数遭遇するというのは、実際にはそうそうありえるはずもなく(非日常の話の中なら別であるが。なお、非日常の話でも、34巻にしんちゃんが心臓に苦しむ男性を救う話があるが、こちらは「なんでもあり」の非日常の世界だから不思議な事ではない)、これもまた、日常の非日常化を促す事例であると言えます。

また、前者(34巻)の話では、それまで喧嘩していた天子と親方の中が修復されるようになり、後者(36巻)ではふかづめ竜子と武里チェリーボーイズが一触即発の状態から、救出後はみんなで仲良く花見という結末を迎えます。この辺りからも、クレしんは初期の頃のようなどぎついギャグが影を潜めていっている事が分かります。

またずれ荘での暮らしを経てきたことによって、登場人物が格段と増すようになりましたが、その一方、それまでのキャラクターについても、いかなる人物かの再確認や、そのキャラクターの多様化も同時に行われていると言えます。

例えば、前者においてはネネちゃんがそれに該当すると言えます。36巻で、マサオ君とボーちゃんが喧嘩する話がありますが、その喧嘩に対しネネちゃんは「この仲間がバラバラになるのはいやっ」と言って泣いている場面があります。

その一方、この話の冒頭では、ネネちゃんが自分のウサギのぬいぐるみのコレクションを披露する場面もありますが、これらのコレクションは、全て殴るためのもので(ケリ専用、パンチ用、関節技用等)この二つの場面はネネちゃんが初期の頃から持っている「よい子」の側面と、後に表れるようになった歪んだ側面の二面性が、同じ話に現れているという意味で、非常に珍しいケースであると言えます。

それまでのキャラクターの多様化という点に関しては、よしなが先生の妊娠が挙げられます。それはつまり、キャラクターが一人増加する事を意味し、また、主要なキャラクター(この場合はよしなが先生)に(母親になるという)大きな転機、つまり新しい境地が拓かれようとしているのです。

また、キャラクターの多様化で、みさえの両親のよし治、ひさえの再登場も挙げられます。34巻におけるよし治らの久々の再登場は、単に登場するという事はなく、みさえには妹のむさえがいる事が明らかになっています(35巻でむさえは初登場を果たす)。

これは、よし治らだけでなく、みさえなどレギュラーキャラクターに対する多様化とも見ることが出来ます。さて、よし治らの再登場は、野原一家の熊本旅行によるものですが、これはクレしんがストーリー漫画めいた傾向の表れであるのは明白であり、それは36巻の三重への旅行についても同様です。

そして、過去の国内旅行(北海道旅行など)と比べても、ひねりが加えられており(熊本へは銀の介が同行し、旅館(馬面屋)における絡みもあり、三重旅行はひろしの浮気調査が元々の目的だった)、これもまた多様化の傾向と見てとれます。

クレしんにおけるストーリー漫画めいた傾向の極致と言えば、またずれ荘への引っ越しですが、それに準ずるのが武蔵野剣太の出会いから始まる剣道シリーズであると言えます。

単行本で言えば、34〜38巻(ただし、38巻に収録されている分量は僅少)に収録されており、この剣道シリーズも、またずれ荘の時と同様、クレしんから一つの事実上独立したものであり、また、剣道シリーズの最終話での武蔵野剣太との別れは、彼が売間久里代と同様、もはや登場することはない事を示唆しており、ここから、住人達が野原家新築後も登場している、またずれ荘に比べてもその「独立」ぶりはより徹底しているものとなっています。

そして、この剣道シリーズで、他に特筆すべき事といえば、しんちゃんが最後まで剣道をやり遂げた事です。これまで、しんちゃんに習い事をさせても、長続きすることはなく、それに比べると対照的です。

そして、この剣道シリーズは当初、ギャグが主流でしたが、次第にシリアスな内容に変化していきます。その変化に過程で、しんちゃんが代々木コージローと出会った事が大きな転機となります。彼に勝ちたいという目標を持ったしんちゃんは、練習にやる気を出すようになるのですが、今度は練習方法をめぐって、師の武蔵野剣太との間で葛藤が生じたりもします。

しかし、(チンピラに助けられたこともあり)和解に至り、再び練習に精を出すようになり、トーナメント出場を果たすのですが、この頃のしんちゃんはわりばしで葉っぱが切れるくらいに上達し、トーナメントでも勝ち進み、遂にはライバルの代々木コージローにも勝利します。

武蔵野剣太に剣道を勧められてから、このライバルの勝利までを描いた剣道シリーズは、主人公の成長の記録でもあり、教養小説の漫画版(教養漫画?)とでも言えるものです。ストーリー漫画ならともかく、読み切りが基本のギャグ漫画であるクレしんでこのような事が行われるのは、もはや現在のクレしんが過去のそれとは別のものとなっている事を示していると言えます。

そして、剣道シリーズが終わった後も、クレしんはなお変わり続けていくのです。



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