声なき声の者たちのための作品づくりを

「ちょー嵐を呼ぶ金矛の勇者」の制作の背景と
今後の劇場版クレヨンしんちゃんについて





劇場版クレヨンしんちゃんの第16作目、「ちょー嵐を呼ぶ金矛の勇者」が4月19日に公開されてから1か月以上経ち、5月も終わりに近い現在、同作品を上映している劇場数もわずかとなった。そのため、興行収入や観客動員数はもはやあまり増えないと思われるが、これらの数字は、公開日から37日間に亘る5月25日までの時点では、以下の通りとなる。


興行収入 観客動員数
11億5897万7245円 102万10人
(興行通信社発表)


これは、昨年の「嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」」はおろか、ここ数年の劇しんに比べて、かなり低い数値である。2001年公開の「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」以来に限れば、最低の数値となるのはほぼ確実であろう。本文では、「金矛の勇者」の興行的な結果を踏まえて、本作品の制作における背景の考察、及び今後の劇しんにおけるあり方について、筆者の考えをまとめたものである。

「金矛の勇者」の監督を務めた本郷みつる氏は、かつて初期のクレヨンしんちゃんのテレビアニメと劇場版の監督を務め、クレしんの基礎を築いた人物である。原作者の臼井儀人氏がクレしんの生みの親であるなら、本郷氏はクレしんの育ての親であると言える。その本郷氏が、今回12年ぶりに劇場版の監督を務めたわけであるが、そもそもその背景には一体何があったのか。筆者は制作サイドとは全く関わりがないため、確実な事は何も言えないが、ある程度の推察をすることはできる。

「金矛の勇者」の公開に際して、「キネマ旬報 5月上旬特別号」に収録されている「作品特集『映画クレヨンしんちゃん ちょママ嵐を呼ぶ 金矛の勇者』」で、本郷氏にインタビューを行った進藤良彦氏は、本郷氏の復帰について以下のように論じている。


本郷が離れている間、「クレヨンしんちゃん」は子供のみならず大人も楽しめる娯楽映画との認識を深め、原恵一が手がけた第9作「嵐を呼ぶモーレツオトナ帝国の逆襲」や第10作「嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」は批評面でも高い評価を受けた。原が確立した"笑い"プラス"感動"の「クレしん」ワールドは、後を受けた水島努、ムトウユージ両監督の作品にも微妙な影を落とし、「映画的な感動をも求める観客」「『クレしん』本来の面白さを期待する観客」からも、賛否をさまざまに問われる結果となった。(中略)映画的な質の高さと「クレしん」本来の面白さとをどうすり合わせるかで水島とムトウが腐心したのだとすれば、今回、本郷監督は原点回帰を図ったのではないかとも思われた。   
(キネマ旬報社)


確かに、原氏の手がけた「オトナ帝国」と「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」は非常に高い評価を受け、水島氏が手がけて以降の劇しんがつまらなくなったという意見が多いのは事実であるように思われる。特に、水島氏に続くムトウ氏の作品には駄作との批判も非常に多く、その流れから本郷氏を起用することで劇しんの評価を高めようとする意図が制作スタッフの間にあったと推察するのも不自然な考えではない。

しかし、進藤氏は劇しんにおける最も重大な点を見落としている。それは、声なき声の存在、つまり子供たちによる評価である。前述した、水島、ムトウ両氏の作品に対する評価というのはあくまでも大人、もしくはある程度年齢の達した10代のファンによる意見に過ぎない。水島氏の「嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」以降、筆者は何度も同じ劇しんの作品を劇場で鑑賞しているが、やはり家族連れや子供の観客の比率が非常に高く、筆者のような大人だけでの観客はそれほど多くない。また、レンタルビデオ店においても、筆者が見た限りでは子どもや親子で借りるというケースが非常に目につく。

もちろん、これらはあくまでも筆者の印象であり、客観性に欠けるものであろうから、実際に客観的なデータを基に水島氏以降の劇しんについて論じることとする。劇しんの過去の15作品の興行収入及び観客動員数は以下の通りになる。


  作品名 興行収入 観客動員数
1 アクション仮面vsハイグレ魔王 22.1億円 170万人
2 ブリブリ王国の秘宝 20.5億円 153万人
3 雲黒斎の野望 14.2億円 100万人
4 ヘンダーランドの大冒険 12億円 84万人
5 暗黒タマタマ大追跡 11.3億円 78万人
6 電撃!ブタのヒヅメ大作戦 10.5億円 76万人
7 爆発!温泉わくわく大決戦
クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉
9.5億円 71万人
8 嵐を呼ぶジャングル 10.6億円 84万人
9 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲 14.3億円 120万人
10 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦 13億円 114万人
11 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード 13.5億円 120万人
12 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ 12.8億円 115万人
13 伝説を呼ぶ ブリブリ3分ポッキリ大進撃 13億円 117万人
14 伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ! 13.8億円 121万人
15 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾! 15.5億円 134万人


この図から分かるのは、「オトナ帝国」以降の劇しんの興行収入は、「カスカベボーイズ」以外は全て13億円を超えているという非常に安定したものになっている事である。空前のクレしんブームであった頃の「アクション仮面vsハイグレ魔王」と「ブリブリ王国の秘宝」、そしてブームの名残が残っていた「雲黒斎の野望」を除けば、「オトナ帝国」以降の作品は全て上位に占めている。

進藤氏はこの客観的なデータを全く考慮に入れていないためため、劇しんの評価を非常に安易に論じてしまっていると言える。それは、出版物やインターネット上に飛び交う大人たちの意見のみを劇しんの評価と決めるという方法である。

しかし、筆者はメディアには登場しない子供たちの声なき声に耳を傾けるのが、最も大事であると考えている。なぜなら、劇しんはあくまでも子供向けの作品だからである。クレしんの原作はもともと大人向けの作品だが、テレビアニメにおいては子供向けの作品となり、そのテレビアニメの延長にある劇場版も、必然的に子供向けという事になり、たとえ大人に受け入れられる内容であったとしても、子供に受け入れられなければ作品がヒットすることがない。その最も足る例が第7作目の「爆発!温泉わくわく大決戦」で、怪獣映画のパロディや温泉など、大人に受け入れられる要素を多く取り入れたものの、結局10億円を切ってしまい、史上最低の興行収入という不名誉な記録を作ってしまった。

そして、この失敗を教訓にしたのか、劇しんは新たな展開を迎えることとなったと考えられる。それが、子供に受け入れられるのはいかなる作品であるかという本格的な模索である。評論家の切通理作氏は、唐沢俊一氏との対談で以下のように述べている。


劇場版はどうしても話を大きくしないといけないから、何かの二大勢力の争いになる。すると、特にラストバトルなんかはしんちゃんがやや傍観者的になってしまって、子供の観客たちはどうかしらないけど、そこで僕はダレちゃってたんですよ。でも八作目の『嵐を呼ぶジャングル』でしんちゃんの活躍に焦点が当たって、次の『オトナ帝国』では最後にひたすら走って行くところで、気持ちよくしてもらったというか。
(「クレヨンしんちゃん映画大全」 (双葉社))


この切通氏の発言を踏まえると、これまでの劇しんでは、主人公のしんのすけがどうしても傍観者にまわる傾向にあり、それが子供の観客のいわば「劇しん離れ」を引き起こす一つの要因になっていたという推測ができる。「温泉わくわく」以前の作品の公開時、当時小中学生であった筆者も、しんのすけの活躍が主人公のわりに多くないことに、退屈と感じないまでも若干の不満を抱いたことがある。

そのため、いかにしてしんのすけを本来の主人公としての活躍をさせるかの模索が行われることとなり、「温泉わくわく」の次回作である「ジャングル」以降の作品になると、作品ごとに程度の差はあり、また「戦国大合戦」のような例外はあるものの、劇中におけるしんのすけの活躍が重視されるようになり、特にラストバトルでは彼が最も活躍するように配慮がなされている。

前述したように、大人たちのファンの間では、前述したように水島氏以降の劇しんはつまらなくなったという意見がしばしば見られるが、筆者が考えるに子供たちの間では「ジャングル」以降の劇しんは面白くなったという意見が主流なのではないだろうか。そうでなければ、前述した興行収入の変遷についての説明がつかないからである。「ジャングル」そのものの興行収入は相対的にかなり低いものであるが、これは前作の「温泉わくわく」の影響を考慮する必要がある。そして、「ジャングル」に続く「オトナ帝国」で、劇しんの興行収入は一気に息を吹き返したわけだが、これは子供たちを惹きつけた事に成功したからに他ならない(「オトナ帝国」のヒットの要因については比較作品論を参照されたい)。

つまり、「ジャングル」以降の作品は、まさに子供たちを惹きつけるための配慮がそれまでの作品以上に行われているのである。その一つが前述したしんのすけの活躍であるが、もちろんこれだけではない。これだけであれば、やはりしんのすけの活躍が重点に置かれている「金矛の勇者」の興行成績が落ち込んだ理由の説明がつかないからである。

それでは、子供たちを惹きつける他の要素に関してだが、実は筆者はこの事についてはよく分からない。今後の筆者の考察対象の一つでもあるので、詳しい事は割愛させていただく。ただし、一つだけ明らかなのが、初期の本郷氏と並ぶ子供たちを魅了する作品づくりに最も長けていたのが、ムトウ氏であるという事である。本郷氏はクレしんを爆発的な人気に導き、ブームを巻き起こした。

ムトウ氏は、そのブーム以降の劇しんにおいて、「ケツだけ爆弾」を最大のヒット作へと導いた。そうでなくても、ムトウ氏が手がけた3作の興行収入は、どれも前作を越えている。全ての作品において前作を越えるというのは、本郷、原、水島各氏でさえなしえなかった事である。これだけでも、ムトウ氏がいかに子供たちの観客を惹きつけるのに長けていた、もしくは努力を重ねていたかが窺い知ることができる。

しかし、ムトウ氏の作品の評価は、前述したように他の監督に比べて最も低いものとなっており、批判も非常に多い。ムトウ氏の作品を嫌うクレしんファンは、「史上最低の駄作」、「小学生でも作れる幼稚な内容」、「しんちゃんブランドを汚した」、「ムトウは二度とクレしんに関わるな」、「ここまでの駄作を作れるとはある意味天才」などといった中傷とも受け取れるような批判を繰り返している。

しかし、これらの意見はあくまでも、一部の大人たちによる心無い批判、中傷に過ぎない。ムトウ監督を再評価せよ!2声なき声の存在でも書いたが、そのようなファンは、かつての本郷、原両氏の作風に馴染みすぎているため、作風の異なるムトウ氏の作品が受け入れられず、それによって氏の作品が駄作だと映ってしまっている可能性が高いのである。

一方、子供たちのファンは、初期の本郷氏の頃と現在では明らかに世代が入れ替わっている。そのため、初期の作品にリアルタイムで馴染んでいるという経験が無いため、偏見を持たずにムトウ氏の作品に触れていると言える。そして、その子供たちがムトウ氏の作品をどう受け止めているのか、それは興行収入を見れば一目瞭然である。

ブームだった頃の初期の本郷氏の作品を除けば、これだけクレしんが子供たちに受け入れられた監督は他に例が無い。ムトウ氏がこれだけ子供たちに受け入れられた理由はここでは詳しく論じるつもりはないが、理由の一つとして、ムトウ氏の持つクレしんに対する哲学に子供たちも同調したのではないかというのが考えられる。「ケツだけ爆弾」公開時、同作品についてムトウ氏はインタビューで以下の発言をしている。


しんちゃんがいきなりスーパーマンになっちゃうと、"しんちゃん"じゃなくなってしまうでしょ?(中略)ほとんどの場面では「ふつうの感覚で迫る」。そこが大事なんだよね。
(「クレヨンしんちゃん 漫画アクション5月11日増刊号」 (双葉社))


このようなムトウ氏の姿勢が、子供たちのしんのすけへの感情移入を促し、彼らの間で大きな人気を博したのではないかと考えられる。ムトウ氏を批判、中傷する大人たちのファンは、このようなムトウ氏の姿勢には全く見ようとはせず、己の感性だけで駄作と決めつけるわけである。もっとも、己の感性だけという点は、子供たちも同じであろうが、彼らの感覚はムトウ氏の姿勢を無意識ながら見抜き、かつ共感する方に向いていったと言える。

このような事を踏まえると、もし第16作目以降もムトウ氏が監督を務めていたら、「ケツだけ爆弾」の興行収入を越えていた可能性は十分にあった。これまでも興行収入は上がり続けていたのだから、さらに上がってもさほど不思議な事ではない。そして、可能性は低いかもしれないが、興行収入は「クレしん」と同時期に公開される「名探偵コナン」と肩を並べるほどの、つまり「ハイグレ魔王」や「ブリブリ王国」を凌ぐほどにまで飛躍する道も開けたのではないだろうか。

そういう意味では、ムトウ氏の劇場版での監督の降板は惜しまれるところがある。誤解されては困るが、だからと言って筆者は本郷氏の監督の復帰自体を批判もしくは失望しているわけではなく、「金矛の勇者」が製作された事についても同様である。問題は、なぜムトウ監督が降板したかにある。もし、ムトウ氏が自分の意志で降板したのであれば、何も言う事は無い。今回の本郷氏の復帰は決して間違っていなかったと言える。

しかし、ムトウ氏の作品の悪評ぶりに堪えかねて、プロデューサーらが氏を降板させたとなると、その判断は間違っていたと言わざるを得ない。なぜなら、ムトウ氏の悪評というのは、あくまでも一部の大人のファンによるものに過ぎず、これだけで正確な作品の評価をするわけにはいかない、むしろ相手にする必要など無いのである。劇しんは子供向けの作品であり、彼らの声に耳を傾けるのが最も重要である。他の一般的な、大人向けの作品なら大人の意見に耳を傾けるのが重要であろうが、劇しんの場合は子供向けという特殊な事情が存在し、そのような方法で作品を評価するのは誤りである。

「金矛の勇者」の制作において、本郷氏は子供向けの作品づくりを目指したと主張しているものの、他の制作スタッフらが、ムトウ氏の悪評から脱却する、言うなれば一部の心無い大人たちのファンに媚びて作ったという意図が含まれているのであれば、ぜひとも反省していただきたいと思う。これが事実であれば、今回の「金矛の勇者」の興行収入の下落の背景には、そのような大人たちによる子供たちの純真さを踏みにじるような思惑が作品に反映されているのを、子供たちが見抜いた結果、「劇しん離れ」を引き起こしたという推測が成立し得るからである。

もちろん、あくまでも推測であって、真実か否かは知る由もないが、「金矛の勇者」が子供を惹きつけるという点では、ムトウ氏の頃の作品に比べて劣っている事は事実であろう。一方で、大人たちのファンによる「金矛の勇者」の評価もあまり高いものではない。

同作品は本来の観客である子供はおろか、大人のファンでさえ惹きつけるのに不十分であったと言わざるを得ない。なぜなら、5月25日までの「金矛の勇者」の興行収入は約11億5897万円であり、前作の「ケツだけ爆弾」より約3億円も下落しているのである。世間のクレしんのブームが急速に冷めていった頃の、「ブリブリ王国」と「雲黒斎」の差を除けば、これまでにも見られなかったほどの急落である。ここからでも、「金矛の勇者」がそれまでのムトウ氏の作品よりも観客を惹きつけられなかったかという事が客観的な観点からでも言える。

だからと言って、筆者は「金矛の勇者」を駄作扱いするつもりは無いが、今回の興行収入の急落は、制作スタッフに今後の劇しんの在り方を考える契機になったのではないか。来年の劇しんは誰が監督を務めるかは分からないが、選択肢は4つあると思われる。引き続き本郷氏が務める、ムトウ氏が復帰する、すでにクレしんと関わらなくなった原、水島両氏のどちらかに復帰を依頼する、他の新しい人物を監督に起用する。この4つの選択肢のうち、どれを選ぶにしても、劇しんの制作には守るべき事項が存在する。

本当に子供を惹きつける作品づくりとはどういう事かを見抜くこと、大人にも楽しめる作品づくりを目指すにしても、子供向けであるという前提を決して取り外さないこと、一部の大人たちの評価に振り回されないこと、あくまでも声なき声に耳を傾け、それを最も重視した作品づくりを目指すということ、こういった事が守られなければ、劇しんは再び興行収入が10億円を割り、最悪の場合は打ち切りとなる。



「ちょー嵐を呼ぶ金矛の勇者」の興行収入および観客動員数に関する情報を提供して下さったMr.K氏に厚く御礼申し上げます。
(筆者)





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