劇場版および映画編について





映画とは、観客を「騙す」ことも目的の一つとしています。それはクレヨンしんちゃんも例外ではありません。しかし、その「騙す」行為の裏側には何が存在するのか。そして、その裏側に存在するものは、製作スタッフが意図していようといまいと、その映画の本質を知る一つの鍵になるといえます。

まんが映画で10年以上も続いてきた、稀有な存在といえるクレヨンしんちゃんという作品の、本質を少しでも知るためのアプローチを試みるのが、この映画編の目的であります。

クレヨンしんちゃんの劇場版における、原作漫画やテレビアニメの最大の違いは、非日常の世界が舞台となっていることです。原作漫画やテレビアニメでも、非日常を番外編として取り扱うようになりましたが、それ以前から劇場版は、第1作から現在に至るまで、非日常を取り扱っています。「クレヨンしんちゃん映画大全」(双葉社)によれば、これは本郷みつる監督の主張から始まったもののようです。そして、第1作(「ハイグレ魔王」)が成功すると、このような路線が定着したわけです。

本郷みつる監督はSFやファンタジーの要素が強いのに対し,原恵一監督は日常の要素が多く取り入れられて至りと,監督や作品によって,その非日常の度合いに差はありますが,非日常という点は一貫しています。

そして,劇場版の全ての作品において、日常の世界に生きるしんちゃんをはじめ、その周りの人々が非日常の世界に巻き込まれ、そこからいかにして、日常を取り戻すかというのが主要なテーマとなっています。

ただし,しんちゃんら日常の世界に生きる人々にとって、悪者の悪だくみには、特に関心を持ってはいないのです。自分達の日常の生活さえ侵されなければ、それでよいという考えなのです。そこは「黒雲斎」で、ひろしの「うちの一家にとって世界平和はどうでもいいけど」というセリフに表れています。

このあたりは極めて庶民的です。大体庶民というのは、支配者が誰であろうと構わないと考えるものです。現実の世界においても、善性をしく外国人の支配より、たとえ悪政であろうと同国人の支配のほうがよいなど、庶民は考えません。

もし、日常の生活を侵すくらいの圧政が敷かれれば、この時は支配者に立ち向かいます。劇しんならば、そこは「ジャングル」や「カスカベボーイズ」がその好例と言えるでしょう。しかしそうでなければ、例え支配者がホワイトスネーク団であろうとブタのヒヅメであろうと、かまわないわけです。大人達が敵の支配を自ら受け入れる「オトナ帝国」や,楽しいという理由で自ら非日常を受け入れる「3分ポッキリ」などからも,こういった事は言えるわけです。

こうして見ると、クレヨンしんちゃんで最も非庶民的な劇場版に、庶民の本質が最も浮き彫りにされているといえるのではないでしょうか。

この映画編で、その劇場版の作品を,一作ずつ批評、考察していこうと思います。



映画のタイトルは、特に断りが無い限り、表題以外は全て略称となっています(当サイト全体にも当てはまることですが)。
略称は以下の通りです。

  正式名称 略称
  劇場版クレヨンしんちゃん 劇しん
1 アクション仮面vsハイグレ魔王 ハイグレ魔王
2 ブリブリ王国の秘宝 ブリブリ王国
3 雲黒斎の野望 雲黒斎
4 ヘンダーランドの大冒険 ヘンダーランド
5 暗黒タマタマ大追跡 暗黒タマタマ
6 電撃!ブタのヒヅメ大作戦 ブタのヒヅメ
7 爆発!温泉わくわく大決戦 温泉わくわく
クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉 クレしんパラダイス
8 嵐を呼ぶジャングル ジャングル
9 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲 オトナ帝国
10 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦 戦国大合戦
11 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード ヤキニクロード
12 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ カスカベボーイズ
13 伝説を呼ぶ ブリブリ3分ポッキリ大進撃 3分ポッキリ
14 伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ! 踊れアミーゴ
15 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾! ケツだけ爆弾
16 ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者 金矛の勇者





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