臼井儀人先生  トップページ


ファンの方々のメッセージ


※このページでは当サイトを御来訪された方々による、
臼井儀人氏への追悼のメッセージを掲載しています。
メールで募ったものと掲示板での書き込みのものを両方を取り上げています。
ただし、掲示板のものはすべて載せているわけではなく、
管理人の個人的な判断で選んだもののみ掲載していますが、
管理人である私へのメッセージや挨拶も含まれています。

2009年/2010年



2010年



はいじま氏(9月16日)

臼井儀人先生への追悼メッセージ‏

臼井儀人様
 早い者であなた様が旅立たれてから、1年の月日が流れました。先日あなた様が旅立たれました荒船山へお伺いした際、1ファンでしかない私を快く迎えて頂きまして誠にありがとうございました。
 またお逢いしたくなったときに荒船山の方へお伺いしますので、その際はどうぞよろしくお願いします。その際はもっとゆっくり時間を取って、あなた様ともっとゆっくり語り合いたいですね。

 それと大変遅れましたが、代表作である「クレヨンしんちゃん」20周年おめでとうございます。本作が初めて世に出て「アクション」誌に連載されたのを初めて読んだときの衝撃は、まだ昨日のことのように思い出します。それだけではありません、あなた様の漫画を初めて読んだとき(「だらくやストア物語」)の衝撃もまだ鮮明に覚えています。あれから20年もの月日が流れ去り、あの「クレヨンしんちゃん」は国民的大ヒット作となって日本だけではなく、海外でも好評を博していると聞いています。「クレヨンしんちゃん」を最初に読んだときには、まさかこんな大ヒット作になるとは想像だにしていませんでした。この大ヒット作が生まれた瞬間に立ち会わせて頂いたことは、まさにあなた様が素晴らしいギャグ漫画を世に送り出して下さったからと感謝をしております。

 それともうひとつ信じられなかったことで感謝をしているのは、この「クレヨンしんちゃん」という漫画を私の娘も夢中になって読んでいることです。これも初めてあなた様の漫画を読んだときからすれば信じられないことです、「クレヨンしんちゃん」を私に子供が出来て、その子供が漫画を読む歳になるまで続けて下さるとは思っても見ませんでした。
 「クレヨンしんちゃん」というあなた様が生んだ漫画は我々親子を結びつけ、絆をより深いものにしてくれました。これは何事にも代えがたい素晴らしいもので、これを実現して下さったあなた様にはどのような言葉で感謝の言葉を出せばいいか解りません。

 もちろん「クレヨンしんちゃん」だけでなく、あなた様の漫画はどれも素晴らしいものです。ギャグ漫画家としての類い希なる才能もあるでしょうが、なによりもこれらの漫画はあなた様のご苦労があってこそのものだと思っています。これらの何度読んでも同じところで笑える面白い漫画本を、私は一生涯大事に持ち続けることでしょう。中には娘に読ませるにはまだ早いものもありますが、これらも子供に伝えていく事が出来たらと思います。いま娘は「クレヨンしんちゃん」だけでなく、私の本棚で見つけた「スーパー主婦月美さん」も大好きです。

 そちらの世界でも、私たちよりも先に旅立ってしまった人を笑わせてやって下さい。私には幼くしてそちらへ旅立つことになってしまい、親兄弟と離ればなれになってしまった姪がいます。その姪が寂しくならないよう、そちらの世界でも最高のギャグ漫画を書き続けてやって下さい。私もいつの日かその作品を読みにそちらへ行くことになるでしょう、まだ遠い先の話かも知れませんが。
 我が儘なお願いで申し訳ありませんが、その日が来たら是非とも私にサインを下さい。20年以上もあなた様の漫画を読み続けたんだから、そのご褒美をください。私もそのときにあなた様を見たら、「あ、リチャード・ギアだ!」と声を掛けるつもりです。

 長くなりましたが、いつの日かお逢い出来る日を夢見て、この手紙を終わります。

2010年9月 はいじま




たんけんくん氏(9月11日)

「臼井儀人先生一周忌に寄せて」

 臼井先生一周忌追悼メッセージの募集が行われているとの事なので私からもコメントを送らせて頂きました。

 私は、臼井儀人先生への追悼メッセージというよりかは、臼井先生一周忌をむかえるにあたって私自身が感じている思いを書かせていただきました。

 早いもので、あの一件からもう一年が経過しました。臼井先生行方不明の報を母親からメールで知らされた時の衝撃はいまでも鮮明に記憶しています。
その数日後に遺体発見という最悪の結果をネットニュースで見た時、私は当然ものすごく悲しみましたが、その時点ではまだ現実を実感しきれていない状況でした。事があまりにも突然すぎたのです。
 臼井先生の逝去から一年がたつ現在でも、いまだに心のなかのどこかで臼井先生の死をひきずっているような気がしてなりません。
まわりの人間から臼井先生の死について話がふられても、「もう、その話はしたくないんだ。触れないでくれ。」という感情が湧いてくるのです。
臼井先生の訃報を知った時に非常に悲しむのは仕方がありませんが、その後もズルズルと心のなかでひきずってしまうのはつらいものです。
私はこの一周忌で、ある種の区切りをつけたいと思っています。心のなかに潜在している意識をそろそろ払拭したいのです。
残念ながら本日(11日)はどうしても行くことが出来ませんでしたが、来週中には荒船山へ一周忌の慰霊登山にでかけたいと思っています。
私は初めて荒船山に行くことになりますが、そこであらためて臼井儀人先生への感謝の気持ちを伝えたいと思います。
 私はずっとクレしんのファンではありましたが、今まで人にクレしんを薦めるようなことはほとんどしてきませんでした。
今後はファンの活動として、クレしんのおもしろさを人に伝える事も始めてみようと思います。
臼井先生に対して行動で示せる感謝にもなるでしょう。感謝の気持ちをただ言葉で言っているだけではなく、実際に行動することもとても大事であると思うのです。
 私にとってクレしんとは、これからも人生の宝であり続けます。

2010年9月11日 たんけんくん






2009年



李氏(10月18日)

韓国人留学生の李と申します。
私とクレヨンしんちゃんとの出会いは、留学中に薦められて見た映画「大人帝国」がきっかけでした。
アニメ映画でそれほど感動したのは初めての事で。
家族というのものの大切さを見せられて、国にいる家族をこれからはもっと大切にしようと思ったものです。
それなのに、日本人の友達が「PTAが子供に見せたくないアニメ」の常連なんだよ、
と教えてくれた事実があまりに謎でした。
そして、色んな方法でクレシン作品を見るようになりました。
最初は映画、次はアニメ(これは手に入る方法が少なかったので某動画サイトで。)、そして原作。
どんどんはまっていきました。
勿論、お下品で多少子供には見せたくない親の気持ちがわかる部分もありましたが
根本には、臼井さんの「人間愛」「家族愛」がしっかり詰まっていて。
子供の率直さ、可愛さ、生意気さ、憎めなさ、などを大きな愛で見守り、
温かい目で観察した臼井さんだからこそ書ける作品だったのでしょう。
それが全世界のファンを虜にしたのでしょう。
だからこそ・・臼井さんにだけは、そんな寂しい死に方だけはしてほしくなかった。
今は、温かいご家族のもとで安らかに眠ってらっしゃることでしょう。
いつか、臼井さんご本人に感謝の言葉が伝えたかったです。
家族の大切さはもちろん、
子供嫌いだった私に子供の可愛さを教えてくださったこと、本当に感謝してます、と。
韓国のファンも、大勢嘆いています。全世界のファンが臼井さんを追悼していることでしょう。
貴方の作品は、偉大です。
お疲れ様でした。ありがとうございました。安らかにお眠りください。
そして、しんちゃんファミリーとして、私達の心の中に一生行き続けてください。




オバオバ氏(10月8日)

本当に残念です。私は、小さいときからずっとクレしんオタクなので、訃報を聞いたときには、泣きそうになってしまいました。
アニメはサザエさん方式で継続するということですが、アニメの良作には原作を基にして作られたものが多いですから(私はそう思っています。つまり、原作は良作ばかりということです。)、脚本や監督、その他のスタッフの方には、原作を隅から隅まで研究して、臼井先生が描きそうな話しを徹底的に作っていって欲しいです。
臼井儀人先生のご冥福をお祈りいたします。




しんきち氏(9月27日)

お悔やみ申しあげます

臼井儀人先生が群馬県荒船山々中にて行方不明となり、遺体で発見された報らせは、驚くと同時に残念でなりません。

 臼井先生は、控えめなお人柄で、ファンの夢を壊すまいとメディアにご自分の素性を明らかにされようとなされませんでしたね。そういった部分が富山敬さんと共通しており、私は好感を覚えています。当初は富山さんもまたファンの夢を壊すまいと素性を明らかにしなかったといいます。

 かつてヒット作を出したものの有名になると、矢鱈とメディアに出演し、メディアに迎合して独自の方向性をなくし、他者にたいし著作権闘争云々を起こす漫画家とは明らかに臼井先生は違っておられました。


 9月から10月にかけては『雲黒斎の野望』をはじめとして、富山敬さんの出演されたアニメをみています。
 臼井先生のお人柄やクレしんにかける思意がテレビで紹介され、感銘しました。クレしんは決してお下品ではなく、しんのすけや野原一家を通じて時には社会を風刺する面を持っています。昨今矢鱈と時代や流行に安易に迎合するアニメ作品が多い中、子供の視点で大人社会を風刺するクレしんは、漫画やアニメを問わず今後も続けてほしいと考えております。

 臼井儀人先生の訃報を双葉社が悼んだことはとても感銘しました。願わくばテレビ朝日やシンエイ動画からも臼井先生を悼む発表があってほしいところです。
 平成7年9月に富山敬さんが亡くなった際、一部の親しい声優さんたちによって富山さんを追悼するイベントがありましたが、メディアやアニメ関係者による弔意の発表はありませんでした。3月に亡くなった山田康雄さんにたいしては、追悼する意味で『ルパン三世』や『ダイーティー・ハリー』の映画がテレビ放送されたばかりか追悼本が出版されました。


 9月は、昭和52年に吉田竜夫さん(享年45.タツノコプロ創設者)、平成7年に富山敬さんが亡くなりとてもさびしい月です。
臼井先生の訃報が本当に残念でなりません。


 吉田竜夫さん、富山敬さんを追悼するとともに、臼井儀人先生のお悔やみを謹んで申しあげます。




pocari氏(9月24日)

物心ついた時から現在までほぼ毎週アニメ見て…
原作本も初期のヤツをボロボロになるまで読んで…
私のしんちゃんとの思い出は語り尽くせないほどです。

ああ、もう臼井先生の描く新しい話を見ることが
出来ないと思うと非常に残念です。

先生が遺してくださった「しんちゃん」は世界に通用する
日本の文化遺産だと思っています。
先生の偉大さを改めて感じます。

19年間笑いを届けてくださり、本当に有り難う御座いました!!
きっと天国行っても漫画描いてますよね!
天国行ったときにでもクレしんの新作読ませてくださいな!




愛志輝代氏(9月23日)

臼井儀人さん追悼メッセージ

臼井儀人氏追悼のメッセージを送ります。

 この度の臼井儀人氏急逝のお知らせには、口にする言葉も見つからない程の驚きと大きなショックを受けました。
中学生のころテレビアニメで『クレヨンしんちゃん』を初めて見て以来、単行本全巻を揃え、以後新刊が出るたびに買い足してきました。
いい大人になった今でも毎回楽しみにしていました。
盲腸で入院していたとき、病院の売店で新刊を買って読みながら、まさにしんちゃんの笑いと盲腸の傷の痛さで抱腹絶倒し続けたのは10年前でした。
たくさんのエピソードが私自身の思い出と絡んで思い出されます。
いつまでも続いて欲しいと願っていましたが、最期を迎えることとなってしまいました。
できればしんちゃんはアニメや劇場で生き続けて欲しいと思います。
今までたくさんの笑いや感動をくださった臼井儀人氏に心からの感謝の気持ちをもってご冥福をお祈りいたします。安らかにお眠りください。
ありがとうございました。




せっきん氏(9月22日)

臼井さん追悼メッセージ

大学院生で連日帰ってくるのが遅くなることが多いのですが、毎週楽しくクレヨンしんちゃんを見るために、金曜日の夜だけは早く帰ってきていました。

しんちゃんの連載開始時には自分もちょうど5歳でしんちゃんと同い年でした。

クレヨンしんちゃんとともに育ったからこそ、ろくな大人になった自分がいます。

今後もクレしんが何らかの形でも続くかぎり、クレヨンしんちゃんと一緒に人生を歩んで行こうと思います。

本当に多くの感動と笑いをありがとうございました。




流離い氏(9月22日)

臼井先生、ありがとう

管理人さん、どうも初めまして、私、流離いと申します。
以後よろしくお願いします。

まんがタウンを毎月買っている私にとって、クレヨンしんちゃんはまんがタウンに掲載されて当たり前の作品でした。

それが、12月発売のまんがタウン1月号には、しんちゃんの新作が掲載されないなんて・・・

臼井先生が亡くなったことが信じられないのに、なぜか今は悲しくてどう、自分の気持ちを整理すればいいのか分かりません。

17年前から新刊が出る度に集めていた、私のコミックスはもうボロボロで中には抜けている巻数もあります。

これからは、今まで以上に仕事に熱を入れてしんちゃんの単行本を1巻から49巻まで買い直そうと思います。

臼井先生、あなたがこの19年間いつもしんちゃんを描き続けていてくれたから、私は、しんちゃんは双葉社のまんが雑誌に掲載されていて当たり前と思っていられました。

その当たり前のことが私にとって、とても幸せなことだったんですね。
また、私にとっては掲載されるのが当たり前でも、臼井先生はさぞ苦労されたのでしょうね。

臼井先生、今までお疲れ様でした。
そして、たくさんの思い出をありがとうございました。

いつか、臼井先生としんちゃんの話で盛り上がりたいな。
私もその日が来るまで、一生懸命生きていきます。

いつか、お会いできる日を信じて、さようなら。




どうにもこうにも氏(9月21日)

チョルスさんはじめまして。ときどきこのページをのぞいて、チョルスさんの考察を見て感心しています。
私1988年生まれゆえ、物心つく前からしんちゃんで育ってきたので、今回の臼井先生の死、残念でたまりません。数年ぶりに悲しくて涙が出てきました。
今の私があるのもしんちゃんのおかげです。これからもしんちゃんがみんなにとって素敵であり続けてほしいです。臼井先生ありがとうございました。そして天国でもみんなを幸せにし続けてください。




さとう氏(9月21日)

残念です

私もクレヨンしんちゃんが大好きでした。
笑いあり涙ありで映画もテレビもとても好きでした。
本当に残念ですが改めてご冥福を祈ります。




クレしんファン氏(9月21日)

おくやみもうしあげます

ついにあの遺体が臼井さんのだと確定されたそうですね。
非常に悲しく、ショックです。そこで、天国にいる臼井さんに
おくやみの言葉をおくりたいと思います。

臼井さん、これまでたくさんの
笑いと感動、そして勇気をくださってくれて本当にありがとうございます。どうか、天国でゆっくり休んでください。
今まで本当にありがとうございました!
                   クレしんファンより




ファンA氏(9月21日)

今日の朝臼井さんが亡くなったニュースを聞いた瞬間には涙がとまりませんでした。しんちゃんの話のように奇跡が起こればいいと思っていましたが本当に残念です。
ちょうどクレヨンしんちゃんの映画のDVDを借りていたので、もう一度見なおしました。やっぱりこの最高のギャグと感動なシーンを生み出せるのは臼井さんしかいないと思いました。本当にショックです。

いままでいろんな人に笑いと感動を与えてくれた臼井さん本当にありがとうございました。
一ファンとして心からご冥福をお祈りしております。




おおみやっ子氏(9月21日)

こんにちは、
只々絶句です。
信じられません。
春日部の街は相変わらずですけど、
しかし、巨星がひとつ墜った以外は・・・・・・・・・・・!






クレしんが現れるまでの春日部市はなんの変哲もない何処にでもありそうな一ベッドタウンに過ぎず=もっとも市の名産品として桐の箪笥があり、イベントでは春日部に合併されて消滅した江戸川沿いのもと北葛飾郡庄和町の大凧上げがあるけどさほど知名的ではない=、上尾市とエエ勝負しても良い位の比較的マイナーなトコだったのが、臼井儀人というひとりの男のおかげで一転してメジャーな市になり、さらには県に関係した観光ガイドの春日部に関係する項目にもクレしんが載るなど、臼井先生によって春日部が全国区になったことはとてもスゴイ事です。
今回の臼井先生の訃報において、私は自分と同じもと大宮市に生まれ育ち、昭和57年暮れに冬のエベレスト登頂成功後の下山時に遭難して未だに遺体が未発見の登山家の加藤保男氏=大宮市民栄誉賞受賞者ですが、私は生前の加藤氏の生の姿を当時通ってた小学校を訪ねて講演した時に見た事があります=のことを思い出してしまいましたが、何れも登山のさいの遭難死とあって心が痛い次第です。

心から臼井儀人先生のご冥福をお祈りします。
また、先生の死にて深い悲しみの渦中にあるご遺族および関係者に対しても心からの慰めと失われた悲しみから一日も早く立ち直れるように併せてお祈りします。




大都会氏(9月21日)

本当に大好き

私が生まれる2年前には既に放送していたしんちゃん。。。
今じゃ私のほうがずいぶんと大きくなりました^^

しんちゃんと一緒に人生を歩みました。
そしてしんちゃんに救われました。

私は家族の仲があまり良くなく、いつも悲しく寂しい想いをしていましたが、しんちゃんを見ると笑えて、元気が出ました。

いつだって私の理想の家族です。

そんなしんちゃんを生んでくれた臼井先生、
本当にありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。

これからも私はしんちゃんと共に歩んで生きます。
それが私の幸せです。
天国でのご冥福、お祈りしています。




永久不滅!! 氏(9月21日)

先生、本当にありがとう

先生の訃報を聞き、涙がとまりません。今、26歳なのですが世代的にまさにどんぴしゃです。
どんなに辛い事があっても、この作品には本当に笑わせていただき、時に涙し、野原家と共に私も19年間、歩んできました。本当にありがとうございました。
みんなの心にこれからもしんちゃんたちが、生き続けていきますように




クレしんWXEKAO氏(9月21日)

臼井先生お疲れ様

もうクレヨンしんちゃんは永久不滅です。
臼井先生が書いてくれたクレヨンしんちゃんが永遠に続けばいいと思います。臼井先生クレヨンしんちゃんをおもしろく楽しく書いてくれましてありがとうございました。臼井先生僕の夢は漫画家です。臼井先生みたいな面白いみんなに必要とされる漫画家になれるといいです。まだ小学生ですけど。まだなにも
漫画家の一歩を踏み出せてないです。まぁこれからですね
臼井先生、アシスタントのみなさん今までありがとうございましたお疲れ様でした




シロ氏(9月21日)

ショックで言葉が出ません。

臼井先生は以前映画で、登場人物として出演されていましたね。なにか親しみの持てる漫画家さんだなあと思って楽しく見させていただきました。
 
しんちゃんは僕にとっての兄弟みたいな存在でした。
多くの事を学んできた気がしています。
ありがとうございました。

今後ともどうか続いてくれる事を心から祈っています。

ご冥福をお祈りいたします。




しんちゃん 永遠の宝氏(9月21日)

ありがとうございました。

大変ショックを受けております。

「クレヨンしんちゃん」は、私にとって一緒に育ってきた様な親しみがありました。
幼い頃から金曜日の夜は、ドラえもん+しんちゃんの組み合わせが当たり前でした。
またしんちゃんの映画は全て観てきました。
どの作品も楽しませてもらった思い出がたくさんあります。

今の私は、しんちゃんに育ててもらったと言っても過言ではありません。

しんちゃんは子供達にとっての希望・理想象だと思います。
現代は、ゲームや塾通いなどで時間の使い方が変わり、「親子の絆」という人間として最も大切な物が崩れかけています。
そんな中、しんちゃんファミリーは家族4人と1匹…また、個性豊かな友達、先生、ご近所さんなど何年たってもスタイルは変わる事はありませんでした。
核家族の理想象であったと思います。

今後どうなるか分かりませんが、私はしんちゃんの事を一生忘れません・・・

最後になりますが臼井先生、長い間大変お疲れ様でした。
そしてたくさんの笑い・感動をありがとうございました。

心よりご冥福をお祈りいたします。 
しんちゃん永久の宝なり・・・




スパーク氏(9月21日)

臼井先生へ

お久しぶりです
臼井さんのニュースを見て頭が真っ白になりました
みなさんもそうだと思い、ここにきました

自分も本当にクレヨンしんちゃんが大好きでした
こんな突然の死にどうしても納得がいきません
まだまだ永遠に続くと思っていました
でも・・・なぜ・・・

ご冥福をお祈りいたします




カスカビアン氏(9月21日)

臼井先生ありがとうございました。

私は、臼井先生の描くクレヨンしんちゃんがとても大好きでした。幼稚園の頃クレヨンしんちゃんに出会い今までテレビやビデオ、漫画などでクレヨンしんちゃんをみつずけてきました。

私は、クレヨンしんちゃんの笑わせてくれる所や、感動させてくれるところが好きでした。心に残っている作品は、「名探偵コシン」と徳郎さんのテロの話です。
「名探偵コシン」を見たのは、小学生の頃だったと思います。おもしろくておもしろくて笑いが止まりませんでした。ビデオを撮っていたので何回も何回も再生しては笑ってを繰り返していました。
徳郎さんのテロの話は、漫画で読みました。クレヨンしんちゃんといえば笑いでしたが、あの話には、感動をもらいました。まつざか先生と徳郎さんの仲が戻ったと思ったら徳郎さんの急死・・・漫画を読みながら思わず「えーー!!」と独り言を言ってしまうほど驚きでした。その後のまつざか先生の徳郎さんへの思いがとても感動的でした。

僕は、クレヨンしんちゃんから多くの事を学びました。そのクレヨンしんちゃんを描いて下さった臼井先生には感謝の気持でいっぱいです。しかし、その臼井先生の死には、納得がいきません。まだ沢山のクレヨンしんちゃんを見ていきたいです。でも人間いつかは、死ぬ。今は、ただ多くの笑いと感動を与えて下さった臼井先生のご冥福を祈ります。

最後になりますが臼井先生本当にありがとうございました。




ねねc氏(9月21日)

臼井先生さようなら

終わってしまった。。
これから先続いたとしても
本人の、本当のしんちゃんは終わってしまった・・。
思わずニュースを見てかたまってしまいました。
あんなに長く、面白かったアニメが
こんなかたちで終わってしまうなんて。。
悲しすぎます!!
もっとやってほしかった・・
もっとクレしんを見て笑いたかった・・




ボーサン氏(9月21日)

クレヨンしんちゃんは素晴らしい作品だった
もっと続いて欲しかった
彼は感動と笑いを届けてくれた
まさか死亡だなんて・・・




莉乃氏(9月21日)

臼井儀人先生のご冥福心からお祈り申し上げます。

荒船山で発見された遺体は臼井儀人先生のものだという事で、もはや残念の域を越して僕の口からは何も言えません。正直申し上げますと、臼井先生は僕にとって偉人でした。今は只、臼井先生のご冥福をお祈りするばかりです。臼井先生、沢山の笑い、沢山の感動、沢山の夢、本当にありがとうございました。




ゆのみ氏(9月21日)

失踪のニュースを聞いた時には、臼井さんの身の安否がとても気に病みました
しかし、この時は正直臼井さんは絶対に無事に帰ってこられるものと思っていました。
けれども失踪から日が一日一日と経っていくに連れ、だんだんと言い知れない恐怖が膨らんでいき、当初避けていた最悪の想像が心をよぎるようになりました。
そのため昨日の遺体発見を知って受けたショックは大きかった、
心のどこかにずっと持っていた希望が、恐れていた現実に呑み込まれそうになった、

それでも奇跡を信じて出先で何度も携帯でニュースを確かめずにはいられませんでした。
そして先程、ここの掲示板でついに知ってしまった。

先生、早すぎます
納得できません




ホウキグサ氏(9月21日)

臼井先生には本当に色々なことを気付かされました。
家族の大切さ、自分の信念を持つことの大切さ。

クレヨンしんちゃんを好きで本当に幸せでした。
毎月、新しい作品を読むことは出来なくなってしまったけれど
これからもずっと大好きな作品です。
クレしんforever

臼井先生。
残念でなりません。
今は、お疲れさまでした、としか言うことが出来きません。
ご冥福をお祈りしております。




たまやま氏(9月21日)

漫画家さんたちのメッセージ

私は「クレヨンしんちゃん」が大好きで、毎月いつ新刊が出るのかと、いつも心待ちにしていました。

今はただ茫然としています。

自分勝手に想えば哀しくて、先生を想えば、素晴らしい人生を終えられて、どうか安らかにお眠り下さい…と祈りたいです。

これからも、私はしんちゃんをきっといつまでも、本棚から出しては読みます。

本当に、ずっと大好きです。


臼井儀人先生のご冥福を祈ります。



種村有菜

(※管理人注:このメッセージはこちらの記事からの転載のようです)




D-Back氏(9月21日)

やっぱりそうだったか・・・。

普通のアニメなら趣味なので多少はこのショックを乗り越えられるが、私の場合は生活にも役立てているからこの先どうやって生きていけばいいのか分からない。

趣味、娯楽、勉強、運動。全てにおいてクレヨンしんちゃんの要素が入っていた。
好きというのではなく、生活に必要不可欠だったからだ。

クレヨンしんちゃんのおかげで、どれだけ自衛官に近づけたか、これを思うと臼井さんの死は悔しくてどうにもならない。

パイロットになろうと思ったのもクレヨンしんちゃんがあったから。

臼井さんのために絶対にパイロットになって見せます。

臼井さんは永遠のヒーローです。



By ダイヤモンドバックス

ブログより...




クレしん&こち亀大好きマン氏(9月20日)

災厄な結果になりとても残念です。
クレしんは小さい子供から老人の方まで、楽しまれていました。
また、感動作が多い事でも有名です。
特に、大人帝国です。
今まで、臼井先生 ありがとう そしてさようなら 
天国でも、マンガを描いて喜ばせてください。




1ファンとして氏(9月20日)

大好きなマンガだった
ずっと大好きだった
小さい頃はアニメも映画もたくさん見た
この前久しぶりに大人帝国みて、泣きそうになった

しんちゃんの名曲の詞をかりて

臼井先生 さよなら ありがとう






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