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臼井儀人先生の御逝去から三年を迎えて





臼井儀人先生が亡くなられて、ちょうど3年目を迎えました。

臼井先生の代表作である『クレヨンしんちゃん』は『新クレヨンしんちゃん』というタイトルで連載が再開されて久しく、今年の7月には新たに単行本も出されました。もはや臼井先生から独立して、日本のみならず世界中の多くの人々の愛され、もはや存在し続けていくという作品にまで成長したわけでありまして、改めて臼井先生の偉大さを再認識しています。

臼井先生が亡くなられた3年前、ファンだけでなく世間全体にも大きな衝撃を与えました。しかし、今では臼井先生が亡くなられたことは、誰もが受け入れている一つの事実として定着しているという状況です。もはや、臼井先生は歴史上の人物になられ、人々の記憶の中に生き続ける方であり、改めて生前の偉業が輝くようになっているように見えます。

その最大の偉業といえば、言うまでもなく『クレヨンしんちゃん』という一つの偉大な作品を生み出したことでありますが、同作品が人気を博した背景には、やはり臼井先生の才能によるものであると確信しています。

ただ、かつて臼井先生は必ずしも多くの人々に愛される作品を書く漫画家ではありませんでした。それは、『クレヨンしんちゃん』以外の作品の多くがそれほどヒットせず、一部の人たちから人気を獲得していたからも言えます。しかし、そのような作品群の中に、後の『クレヨンしんちゃん』を大ヒットへと導く臼井先生の才能を多く見出すことができるとも言えるでしょう。

『おーえるグミ』の単行本第1巻(78頁)に、丁半を行う四コマ漫画が収録されています。つぼ振り銀次が出したのはサイコロではなくグリコのプッチンプリンだった、しかも銀次本人は真剣な表情でそれを披露するというその真剣さとプリンというギャップも描いている、あまりにもくだらないギャグには、個人的に大きな衝撃を受けました。

あまりにもくだらないのですが、そのくだらなさを極限までに突き詰めると、普遍的な笑いが顕在化するのではないかと思ったものです。このような笑いの描写こそに、『クレヨンしんちゃん』が人気を博す伏線が既に存在していたのかもしれません。

また、その後のつぼ振り銀次は行方不明との記述がありましたが、この記述には独特な怖さが含まれており、なおかつその怖さが笑いに内包されているという見事なさりげない記述でした。

そのような描写に長けているという特異な才能をもたれた臼井先生によって生み出され、多くのファンの愛されてきた『クレヨンしんちゃん』は、今後も多くのファンを獲得し、愛されていくことでしょう。

私個人としても、『クレヨンしんちゃん』を今後も応援していこうと思っていますし、私だけでなく多くのファンが応援し続け、その意思は次の世代、そしてまた次の世代へと受け継がれて行くだろうと思っています。

そのような偉大な作品を残された臼井先生の偉大な業績を、改めて賞賛したいと思います。

臼井儀人先生の御逝去に心より哀悼の意を表します。




2012年9月11日
クレヨンしんちゃん研究所
管理人チョルス





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