嵐を呼ぶ モーレツ!アイチ帝国の逆襲




怪獣ではなくガスパビリオン
怪獣発見!

って、違いますね。左の写真に写っているのはガスパビリオンです。
それも、大阪万博ではなく愛知万博のです。
というわけで(?)、当ページは管理人が愛知万博(愛・地球博)に行った事について記したものです。

ただ、管理人は、ガスパビリオンについては、写真は撮ったものの、中には入らなかったのですがね・・・。

さて、2005年6月1日、私はこの日に愛知万博へ行こうと思い立ちました。この日は水曜日で、実は私は今年(2005年)、水曜日に大学の授業を履修しておらず、事実上休みになっていたのです。この日は平日でもあり、普段よりはすいているだろうという考えもありました。6月というのは休みも少なく、聞いた話によれば、国際線の航空運賃もこの時期が最も安いらしいのです。そんな6月なんだからと、タカを括っていたのです。

さて、前日の5月30日、私は大学へ行く途中に、新幹線の往復切符を購入しました。どうせだから、出来るだけ早く行き、出来るだけ遅く帰ってこようと思い、行きは始発、帰りは最終の切符を購入しました。

で、この日の大学の帰り、旅行代理店に寄って、愛知万博の入場券を購入しました。現地でも購入出来るようですが、先に買ってしまった方が良いだろうと思いました。公式ガイドブックも既に以前から購入しており、準備は万全です。

当日は4時起きで、いつもより早く寝たのですが、なかなか眠れず、実質上の睡眠時間は3時間くらいでしたかね。で、4時過ぎに起きた私はさっさと準備をし、4時半前に家を出ました。始発の電車に乗ったのですが、結構人は乗っていましたね。

さて、東京駅に着いたのはいいのですが、まだ新幹線の改札が開いていません。それで、朝食の駅弁を買った後、しばらく待つことにしました。

そして、改札が開き、切符を見せて、いざホームへ上がると、既に新幹線は止まっていましたので、早速乗車しました。

午前6時、のぞみ1号(だったと思います)が発車しました。私は新幹線の中で、東京駅で買った駅弁を食べ、食べたら寝てしまいました。まあ、それ程寝ていたわけではないので。

7時39分、名古屋駅に到着しました。その後は、エキスポシャトルに乗換えなのですが、どうやら7時42分に発車し、これを逃したら20分後になるので、私は少し慌てました。で、どうにか乗れたのですが、中は結構混んで降り、座ることは出来ませんでした。学校の遠足なのか、小学生がかなりいましたね。

8時20分頃、万博八草駅に到着し、その次はリニモですが、その前に万博八草駅のホームにあった万博の記念スタンプを、公式ガイドブックに押しました。で、リニモの方の駅はもの凄い人で、ホームまで行くのに、駅員が誘導していました。リニモの中は通勤ラッシュ並みに混んでいました。

さて、8時半過ぎでしたでしょうかね。長久手会場前の万博会場駅に到着しました。で、到着するなり一言かましました。「愛・地球博か〜、いや〜懐かしいぜ〜。初めて来たけどな」(笑)。ただ、開場は9時なのでまだ時間がありましたが、会場前はもの凄い人でした。何百人いたでしょうかね。これじゃあ、開場してからどのくらいで入れるのやら、というくらいの混雑ぶりでした。

チケットは予め買っておいて良かったです。もし、現地で買うハメになっていたらと思うとゾッとします。それにしても、平日ですらこの混雑なのですから、休日に来ていたらと思うと、これまたゾッとします。実際、ゴールデンウィークの期間中は私が来た時とは比べ物にならないくらいだったと、後で知りました(モリゾー・ゴンドラで一緒だった中年の男性がそう言っていた)。

いよいよ開場ですが、案の定、なかなか会場へ入れません。そして、ようやく入り口まで来た時荷物検査をさせられました。で、私は烏龍茶のペットボトルを持っていたのですが、それは没収されてしまいました。おいコラ、まだ中身残ってんだぞと思いましたが、聞くところによると、ペットボトルにガソリンなどを入れたテロ事件をを防ぐためなんだそうな。今回の万博のテーマの一つが地球に優しい環境かなんかのようですが、テロが怖くて環境が守れるかい!てな気分でした。だって、このペットボトルの没収って、明らかに環境破壊でしょう。それとも、スタッフが後でこっそり飲んでたりして。

さて、どうにか会場入りした私は、まずどこへ行こうかなとおもい、三井・東芝館やトヨタグループ間辺りにでも行こうかなと思いましたが、もの凄い行列で、しかも整理券を買わねばならず、断念しました。

それで、近くにあった「夢みる山」というパビリオンに行くことにしました。ここの整理券は、たまたま早く手に入れられそうで、実際に結構簡単に手に入りました。

「夢みる山」ですが、ここは外見が富士山の形をしているあのパビリオンです。ちなみに高さは41.5メートルなんだとか。で、しばらく順番を待っていると、中へ入れました。中はらせん状の坂を上っていき、下を見るとスター・ウォーズに出てきそうな人形(?)やオブジェがありました。

そして、やたら派手な音や映像が流れました。公式ガイドによれば、客を地球環境への「めざめ」を誘うのだとか。そうなのですかね。私にはよく分からず、全然誘われませんでしたが。

で、よく見ると、その下にも客が何人がいるのですね。後で知った話では、下に行くには予約が必要なのだそうです。まあ、別にどうでもいい事ですが。

さて、この後は三菱未来館へ行きました。そこのパビリオンの副題(?)が「もしも月がなかったら」で、なかなか興味深いテーマだったからです。しかし、そこへ行ってみると、どうやらそこも整理券を買わねばならないようでした。で、私は午後3時頃のものを買いました。その時間にもう一度来れば、入れるわけです。

その後、私は一旦「夢みる山」の方へ戻り、どこへ行くか考えました。

それで、JR東海超電導リニア館に行くことにしました。実は、私は鉄道が好きで(マニアって程ではありませんが)、ぜひ世界最高速度時速581キロを達成したリニアがどんなものか見てみたいと思ったからです。

このパビリオンは整理券は無く、テーマーパークのアトラクションの如く、長蛇の列を並ぶことになりました。まあ、長蛇と言っても30分くらいでしたが。地底超特急と同じくらいです(笑)。

この愛知万博では整理券のあるパビリオンもあって、なるべく効率よく客をさばけるようになっていますが、35年前の大阪万博には整理券など無かったのでしょうから、相当混乱したのではと思います。その上、愛知万博の総入場者数は半年間で2100万人程度との予想である一方、大阪万博では同じく半年間で6421万人(!)でしたから、約3倍の差があるわけです。

なお、私の父は大阪万博に行ったことがあるようです。月の石は見なかったようですが。「オトナ帝国」によれば、当時は外人さんにサインをする事が流行ったとありますが、私の父によれば、当時はインド人がいるだけで大騒ぎになったそうです。あの時代は何かがあるともの凄い騒ぎになっていたが、今はそんな事がすっかりなくなってしまったとのことです。やはり、今の中高年層の人達には、当時へのノスタルジー的なものを持っているのでしょうかね。

で、ようやく中に入ったと思ったら、まだメインの展示のところまでしばらく並ぶことになりました。ここで、ビデオが上映されており、人類が車輪を使い出してから、産業革命による機関車の登場等を経て、現代の新幹線までの歴史がダイジェストで紹介されていました。

さて、中に入るとサングラスのようなものを渡されました。3D映画を観る際に必要なアレです。で、中に入るとそこは劇場、つまり3D映画がここで上映されるわけです。
そこで上映されたのは、リニアが時速581キロを達成する映像でした。なかなか見応えはありましたね。

外に出てから一旦トイレに行った後、時計を見ると11時半ほどでした。ここで、少し早いものの、昼食にしました。私はトルコ料理を食べてみたいと思いましたが、どうもすごい混雑しているようで、結局夕食ということにしました。

それで、韓国料理にしました。この名も「コリアンレストラン 韓一亭」というところです。ここも混んでいましたが、トルコ料理のレストランに比べたら、まだマシです。厨房の方では韓国語が飛び交っていました。また、ここでは前払いなのですが、レジのアガシの日本語に、韓国訛りがありました。さすが、万博。現地から店員を雇っているのですね。で、私はここで確かビビンバを食べたと記憶しています。はっきり覚えていませんが。そして、店を出る時、そこの売店に韓国映画やドラマのグッズが売られているのを見つけ、商魂のたくましさに少し感心しました。

この後、マンモスラボで冷凍マンモスを見ようと思ったのですが、何やら混雑が凄いのか、結局断念しました。てなわけで、グローバル・コモン1に行く事にしました。わりと近かったので。それにしても、この日はまだ6月1日なのに、相当暑かったです。

さて、グローバル・コモン1に来た私は、一番奥の韓国館に行きました。ただ、かなり混んでいて、少しの間並ばされましたがね。「生命の光」がテーマという韓国館の中に入ると、朝鮮半島の伝統文化や未来技術などが紹介されていました。で、一番驚いたのがヨン様の展示がしてあったことです。この展示はかなりの人気を博していました。なかなか流行に敏感なパビリオンです。で、中には劇場もあり、3D立体アニメーションの紹介などがあるようでしたが、入場までに時間がかかるので、やめにしました。

韓国館を出た後、次は中国館です。湖南の歴史がメインだったと思います。この湖南地方で、人類最初の稲作文化が起こったそうです。メイン展示館のらせん階段が印象的でした。

この次はモンゴル館へ行きました。モンゴルの伝統的な(テントのような)家屋ゲルや世界最大の岩塩(だったと思います)の展示がしてありました。岩塩を見ていると、大阪万博の月の石を見ているような気分でした(笑)。

さて、モンゴル間を出た後、もっと遠くの方のパビリオンにも足を運んでみようと思い、キッコロ・ゴンドラに乗りました。ただ、このキッコロ・ゴンドラって、片道が600円もするんですよね。しかも、北駅はかなり混んでいて、しばらく待たされました。
キッコロ・ゴンドラにて
で、ゴンドラに乗ると、パビリオンの他、森が相当広く見渡せました。向こうには「サツキとメイの家」があるのかと思ったりもしました。「サツキとメイの家」は完全予約制で、しかも予約が取れるまで何日(何週間?)も待たされるとのこと、初めから断念しておりました。

しばらくして、いよいよ南駅に到着です。ちなみに、右の写真は、到着直前に管理人が撮影したものです。映っているのはEXPOドームです。このドームには行きませんでしたが。

で、ゴンドラを下車すると、どこへ行こうかなと思い、少し歩いたら、オーストリア館が目に付きました。というわけで、昨年(2004年)夏にオーストリアへいったという縁もあって、オーストリア館へ行きました。ここも結構長い行列があり、少し待たされましたね。で、待っていると、オーストリア人らしきスタッフの女性が冊子のようなものを配っていましたので、それを貰いました。

オーストリア館ただし、その冊子は子供向けの漫画なんだそうな。で、その冊子のタイトルは「オース鳥アに行こう!」オーストリアについての紹介がされていましたが、バディボという宇宙人(ベトノトン星出身らしいが外見はモロ地球人)がオーストリアをオーストリアと間違えているんですね。

で、両国の違いは「オース鳥ア」と「オース虎リア」なんだそうな。やはり、オーストリア人は自国がオーストラリアと混同される事に相当不満だったようです。当サイトの「オーストリアという国」(現在は閉鎖)でも触れた事ですが。

でもまあ、これも国力の差。なんでオーストリアの国力が小さいって、そりゃ第一次世界大戦で負けたからでしょう。

で、この漫画にはオーストリアの有名人が何人か登場しますが、シシイが愛称のエリザベート皇后はなぜかこの漫画では金髪で登場していました(実際の彼女は黒髪)。で、彼女によればオーストリアは「環境にやさしい技術」をどんどん開発しているのだとか。ホントかよ。実際にオーストリアへ行ったことのある管理人にしてみれば、かなり疑わしいです。というのは、あの国ってゴミの分別しないんですね。燃えるゴミやビンを一緒のゴミ箱にボンボン捨てていました。まあ、ゴミの分別をする国って、世界ではまだ少数らしいですが。

さて、オーストリア館の中に入ると、そこでは気を使ったオモチャなどが子供の人気を博していました。また、売店ではチョコレートケーキのザッハートルテが売っていました。自宅までの宅配サービスをしているとの事で、私も買いました。で、10日ほどたって届きました。さすがに生クリームはついていませんでしたが。

オーストリア館を出た後、ヨルダン館へ行きました。死海の体験コースなるものがありましたが、私は最初からその体験をするつもりはありませんでした。ただ、どんなものなのか、一目見ようと思いました。さて、ヨルダン館ですが、死海の体験コースは確かにありました。ただ、薄暗かったですね。他にもマッサージか何かもやっていたと思います。

さて、ヨルダン館を出た時、三菱未来館の「もしも月がなかったら」の時間が迫っているのに気付きました。ただ、まだ時間があったので、もう少しどこか見に行こうと思い、ドイツ館に行きました。「ビオニス」という建物なんですが、このビオニス、フランス館でもあるのですね。今回はフランスとドイツが同じ建物でパビリオンを造ったそうなので。なお、これは万博史上初の事だそうです。

ただ、ドイツ館に来たのは良いのですが、結局展示を見る余裕は無く、売店のみに行きました。そこで、19世紀のバイエルン国王ルートヴィヒ2世について書かれた冊子を購入しました。

ドイツ館を出たら、急いでキッコロ・ゴンドラの方へ戻りました。で、600円払って北駅の方へ戻りました。ただ、今にして思えば、ドイツ館から直接歩いた方が早かったですね。金もかからなかったし。

さて、キッコロ・ゴンドラで北駅に到着した時、時間に余裕が出来たので、少しのんびり行きました。で、いよいよ三菱未来館に到着です。ここで「もしも月がなかったら」という催し物を見るのですが、かなり混雑していました。整理券はあるのでもちろん中には入れましたが。

しばらく待たされていると、前の壇上にあったロボットが動き出して、注意事項などの説明を(日本語、英語、韓国語、中国語で)していました。

さあ、いよいよ入場ですが、椅子もないところに行かされて、少しきつかったですね。で、ここでいよいよ始まりました。もしも月がなかったら、地球に生命は誕生していなかったそうです。なるほど〜、月には感謝しなければいけませんね。「Dr.スランプ」ではアラレちゃんが月をぶっ壊していたし、「ドラゴンボール」に至っては月を消していましたが、ああいうのって(表層的にも内面的にも)とんでもない事なんですね。

さて、この後は椅子のあるちょっとした劇場のような所に移り、プラネタリウムにあるような催しがありました。たいして印象に残っていませんが。で、パビリオンを出る時、そこの売店で月の石の形をしたチョコレートを買いました。見た目はどう見ても小石なのですが、食べてみるとなかなか美味いチョコレートでした(家に持ち帰った時、父はこれを「鼻くそチョコ」と呼んでいた)。

三菱未来館を後にした私は、瀬戸会場に行ってみることにしました。この時既に午後4時近かったのですが、瀬戸会場は(私が来た6月は)6時に閉まってしまうから、早く見ておこうと思いました。

瀬戸会場に行くのはモリゾー・ゴンドラで行くのが一番の近道だったので、早速私は長久手駅へ向かいました。さて、モリゾー・ゴンドラも乗るのに結構待たされましたが、チケット売り場が無かったのに気付き、少し慌てました。そこで、後ろの女性に訊いてみると、チケットは必要なく、無料で乗れるとの事。さすが、モリゾーじいさんはふともも〜ですね。というより、キッコロちゃんがガメついんだね(笑)。
モリゾー・ゴンドラにて
さて、モリゾー・ゴンドラに乗っている時、途中で窓ガラスが霧か何かに吹きかけられ、窓が曇って、見えなくなってしまいました。見えなくなっている区間は住宅街で、住人のプライバシー保護のためだそうです。その区域を抜けると、窓の曇りは取り払われ、また外も景色を見ることが出来ました。

この中で一緒だった中年男性は、地元の人のようで、全期間入場券で何度も訪れているそうです。そして、その日(6月1日)はまだすいている方で、ゴールデンウィークは凄まじい混雑ぶりだったそうです。なお、開園して間もない3月や4月上旬頃が一番すいていたようです。まだ、世間の感心もそれ程ではなかったようなので。

ちなみに、写真はモリゾー・ゴンドラの中から見た風景で、長久手駅に到着したものです。
要するに、行きではなく、帰りに撮影したのですがね。

瀬戸駅に着くと、とりあえず駅の辺りをふらつきました。そこで、市民パビリオンをちらっとのぞきましたが、すぐ別のところへ行きました。そして、瀬戸日本館へ行きました。ただ、まだ催しまで時間があったので、しばらく待ちました。

さて、時間になると、お客が瀬戸日本館前に結構並んでいました。で、中に入ると障子張りの壁で、いかにも日本って感じでした。この後、円形の舞台のようなところへ移動し、そこで舞台公演を鑑賞しました。十数人の忍者のような格好をした人々が現れ、日本における祭礼の掛け声、童謡などを唱えていました。その中で私が印象に残ったのは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を唱えていた事です。

ただ、この公演中に突然、私の携帯が着信してきたのには困りました(マナーモードにしていたものの)。電話に出るわけにはいかず、かといって中途退場もしたくなかったので、そのまま無視しました。で、しばらくすると着信が止まりました。

瀬戸日本館を出た後、私は急いで、着信履歴から電話をかけ直しました。相手はバイト先で、バイトに関する連絡のために電話をかけたとの事です。

トヨタグループ館
さて、私はこの後モリゾ−・ゴンドラで、瀬戸駅から長久手駅に戻りました。その後どこかに行こうと思い、歩き出したのですが、トヨタグループ館の前が凄い行列でしたね。とても並ぶ気にはなれませんよ。

どこへ行こうかと考え、結局グローバル・コモン1に再び行く事にしました。で、そこのサウジアラビア館に行ってみました。それ程混んではいませんでした。

サウジアラビア館では、油田や砂漠での生活などが紹介されていましたね。

サウジアラビア館を出た後、インド館に行きました。こちらもそれ程混んでいませんでした。インド館でのテーマは「自然の叡智」だそうで、パビリオンの中央にある菩提樹のオブジェ(?)は圧巻でした。

さて、インド館を出た後だったと思いますが、北ゲート前にある土産屋に寄りましたが、もの凄く混雑していて、買い物するのが大変でしたね。

土産屋を出た後、夕食にでもするかと思い、昼食時に行きそびれたトルコ料理店に行きました。このトルコ料理店は「ソフラ」という店で、東京の神楽坂に店があるとの事。機会があればぜひ行ってみたいです。

この時、店は昼間程は混んでいませんでした。というより、万博会場の入場者の数自体が昼間より少なくなっているようでした。どんな料理を食べたのかはよく覚えていませんが、なかなかイケたのは覚えています。トルコ料理は世界の3大料理の一つと聞いた事がありますが、まんざら嘘でもないようです。

で、食事が終わる頃、この店でベリーダンスショーが行われていました。私も見ましたが、あまり時間が無く、長居するわけにはいかなかったので、途中で出ました。

この後は国連館にでも行こうかと思い、マンモスラボの前を横切りました。すると、そこのスタッフの話によれば、マンモスが見れるというので、私は急遽マンモスラボに変更しました。ただ、マンモスラボの入口まで、意外と時間がかかりましたがね。

で、マンモスラボの中に入り、いよいよマンモスとご対面です。動く歩道に乗り、マンモスの入ったガラス張りの巨大冷凍庫の前を通ったのですが、いやはや、マンモスの頭部はかなりの迫力でしたよ。見れて良かったです。そういえば、ラボの中はかなりすいていましたね。運が良かったのですね。

マンモスラボの後、国連館へ行きました。国連館では第3世界に関する問題などの展示があったと思います。そうそう、健康診断のようなコーナーもありましたっけ。血液の状態を調べるもの。ただ、私は面倒だったので、そのまま素通りしましたが。

国連館を出た後、最終の新幹線までまだ時間があったので、とりあえずグローバル・ループを歩きました。で、ショッピングモールになっている西エントランスゾーンを通り、エジプト館に寄ってみました。古代エジプトの秘宝のレプリカが展示されていました。

エジプト館の後、すぐ近くのアフリカ館へ行きました。複数のアフリカの国のパビリオンなんですが、かなり広く、アフリカの自然や文化に圧巻でしたね。

アフリカ間を出た時、午後8時半くらいになっていました。そろそろ帰らねば、新幹線に間に合わなくなるので、帰ることにしました。

グローバル・ループを通って、万博会場駅のある北ゲートへ向かいました。
で、北ゲートに到着し、会場を出る際、(周りには聞こえないよう小声で)こう言いました。

「そろそろ俺は引き上げるぞ」
「え、行っちゃうの?閉演までまだ時間があるのに」
「新幹線の終電が近いからな。これ以上遅くまでいるわけにはいかないんだ。パビリオンたちよ、また俺が必要になったら探しに来い」
「はい!必ず」
「超電導リニア館、あの時の3D、いい映像だったぞ」
「また遊びにくれば〜」
「うむ。さらばだ、万博の戦士たちよ。日本人にっぽんじんには万博魂があることを忘れるな。そして万博の精チョルスがいることもな。フハハハハ・・・・!」

相当アヤしい人間ですね、ハイ!
夢見る山
で、右の写真はゲートを出る際に撮った、赤くライトアップされた「夢みる山」です。駅に向かう際に撮影したものです。

万博会場駅はもの凄く混雑していましたね。この駅に着いたのは9時くらいでしたかね。リニモで万博八草駅に到着し、エキスポシャトルに乗り換えました。乗る継ぎが良かったのか、結構早く駅を出ましたね。ただ、こちらもかなり混んでおり、途中まで座れませんでしたが。途中で座る事が出来ました。

さて、名古屋駅に到着したのは9時53分くらいで、最終の新幹線まであと15分くらいでした。

10時9分頃に、最終の新幹線、のぞみ160号(だったと思います)が名古屋駅を出発しました。夜の新幹線に乗ると、「ヤキニクロード」のエンディングを思い出します。私の頭の中は「こんな時こそ焼肉がある」が流れていました。新幹線が熱海駅を通過するのも見届けました。あまりにも速く、よく見えませんでしたが。

11時48分頃新幹線は東京駅に到着しました。東京駅のホームに降り立った際にも、再び私の頭の中では「こんな時こそ焼肉がある」が流れ出しました。

その後、1時頃に、私は自宅に着きました。



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