管理人チョルスとクレヨンしんちゃんの
出会いから現在まで





私チョルスがクレヨンしんちゃんという名を初めて聞いたのは、正確には覚えていませんが、1992年の5月頃であったことはほぼ間違いないです。そのようなテレビアニメがやっているというのをちらほら聞いて、興味がわき、一度見てみたいと思うようになったのを覚えています。

1992年5月11日に、初めてテレビアニメを見てみました。「お手伝いするゾ」の途中からでしたが、私の記憶が曖昧になっていましたが,正確には1992年9月14日の「食後のハミガキだゾ」の冒頭シーンが,私の初めて観たクレヨンしんちゃんです。その冒頭シーンを観た,当時小学校2年だった私は,すさまじい衝撃を受けました。その衝撃は、今でもはっきり覚えているくらいで、とにかく面白い!こんなに面白いもの名がこの世に存在していたのか!という程のものでした。
その日から完全に気に入り、毎週月曜日が楽しみになり、毎週クレヨンしんちゃんを見るたびに、ゲラゲラ笑い転げていました。

私の両親も、クレヨンしんちゃんを(当時から現在まで)結構面白がっており、ある月曜の日には、母に「今日はしんちゃんの日だね〜」と言われたこともありました。

モノマネもよくやりました。小学2年当時、最もよくやっていたモノマネは、しんちゃんのアクション仮面のモノマネのモノマネでした。「アクションビ〜ム ビビビビビ・・・ ワッハッハッハ・・・」というヤツです。学校帰りに、クラスの女の子にせがまれて、喜んでやったこともありました。

他にも、死体ごっこをやったこともありました。面白いとは思いませんでしたが、しんちゃんの物まねをやっていることが、非常に快かったです。自分のことを「オラ」と言うようにもなり、小学校高学年くらいまで使っていましたかね。

クレヨンしんちゃんの絵も描きました。ただし、こちらはもともと才能が無かったせいか、程なくして尻すぼみになりましたが・・・。今でも絵の自信は全くありません。

さて、原作にも手を伸ばしました。初めて読んだのは第4巻でした。ただし、原作は子供向けではないため、理解できないところもありました。4巻の最初に収録されている、国会議員の贈収賄に関する話も理解できませんでしたが、その話の中の、「ウソつきは政治家のはじまりです」という、みさえのセリフが気に入り、「ウソつきは泥棒のはじまり」の代わりによく使いました。今思い返してみると、このセリフはかなり辛辣な風刺とも受け取れますが、原作で分からないことがあっても、非常に面白かったです。

初の劇場版「アクション仮面vsハイグレ魔王」ももちろん見ました。ただ、映画館でどう感じたかはよく覚えていませんが、その後ビデオを買ってもらい、それを繰り返し見ていました。そのせいなのでしょう。劇場版クレヨンしんちゃんといえば、「ハイグレ魔王」というイメージを、私は長い間持ち続けていました。そのイメージが解けたのは、その後何年もしてからでした。

劇場版は、その後も現在に至るまで、映画館で見続けています。中学1年の時に公開された「暗黒タマタマ」までは、家族全員で見に行き、「ブタのヒヅメ」以降は一人で見に行っています。「ジャングル」、「オトナ帝国」、「戦国大合戦」は、高校生の時に公開され、3本とも学校帰りに、制服のまま見に行きました(よく行けたものだ)。

さて、話を戻しますと、私は小学校の時から単行本を買い、テレビアニメもほぼ毎週欠かさず見ていました。
私がクレヨンしんちゃんの熱烈なファンであるのは、大きな親しみもあったことが理由の一つだと思います。クレヨンしんちゃんの舞台は埼玉県春日部市(テレビアニメでは春日我市)で、私は浦和市(当時)、つまり同じ埼玉県在住で、埼玉県の地名が作品の中でしばしば登場しますが、私にとって、親しみのあるところも多いのです。

「タクシーごっこするゾ」(1995年9月25日放送)で、大宮、北浦和、西浦和、東浦和、南浦和、中浦和、武蔵浦和、浦和と、一連の地名が登場したのは非常に嬉しかったです(私の母も、これで笑っていたのを覚えています)。

春日部にも何度か行ったことがあり、特に関連施設はありませんが、行くたびになんとなく良い気分に浸れました。まあ、春日部もわりと身近な存在なので、聖地とまでは思いませんがね。

また、「温泉わくわく」がテレビ放映されたとき、巨大ロボットの進攻に対する「避難の必要な地域」で、「あ〜、浦和も入ってるよ」と家族で大笑いしました。

クレヨンしんちゃんに対する関心は、小学生の時は非常に大きなものでしたが、小学6年の秋頃から、徐々に薄れ始めていきまいた。その主な原因はひまわり誕生です。本郷監督ではありませんが、私にとっての野原一家は3人家族でしたので。4人家族の野原家を、心のどこかで受け入れられなかった時期が相当長く続きました(高校生の頃まででしたかね)。

中学生、そして高校生になると関心はさらに薄れていき、原作漫画、テレビアニメ、映画の鑑賞も段々と惰性化していきました。何しろテレビアニメの短縮(2000年当時)も、当初は気付かなかったくらいで・・・。ただし、関心が低くなったとはいっても、それは小学生の頃に比べればのことで、他の作品に比べれば、関心はかなり高かったです。

しかし、関心はさらに低くなり、2002年の一時期には原作も買わず、テレビアニメも見ないという事態にまでなりました。映画(その年は「戦国大合戦」)は見に行き、その年は金曜の6時から9時まで予備校に通うことになり、その時実に都合よく放送時間の移動(金曜→土曜)が起こり、嬉しかったのは覚えていますが、その後しばらくしてから、なぜか見なくなりました。大体、またずれ荘の終盤の頃からです。「さよなら優ちゃんだゾ」(5月11日放送)を見たのは覚えていますが、次週以降の話を見た記憶がありません。その年の秋に、テレビ放映された「ジャングル」は(途中からですが)見ましたが、通常放送を見た記憶はありません。

翌年のこれが「青春らしいゾ!第一話」(1月11日放送)から再び見始め、関心も再び高まってきました。受験直前だというのに、1月にはDVD(スペシャル2です。グアム旅行の話が見たかったので)も一枚買いました。

結局、私は浪人をしたのですが、その一方で「ハイグレ魔王」のDVDも2月末に買い、3月には、「クレヨンしんちゃん映画大全」(双葉社)も買いました。この「映画大全」で、クレヨンしんちゃんのテレビアニメや映画に関する秘話を色々知り、クレヨンしんちゃんに対する関心は、これによって一気に高まっていきました。また、「戦国大合戦」が文化庁メディア芸術祭アニメーション大賞を受賞したことを知ったのも、実はこの頃です。

そして、関心の高さは小学生の頃にまで再び高まり、現在ではそれ以上と言っていいでしょう。ちなみにその年(2003年)は、18歳にもなったこともあり、新文芸座のオールナイトに初めて参加しました。また、クレヨンしんちゃん関連のネットサーフィンを始めたのもこの頃です。これらの話は、また別の機会にしたいと思います。

それじゃあ、そういうことで。



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